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「古谷くん、どうしちゃったのよ。あえてここで鞭を打つようなこと言うけど、こんなんじゃお話にならないよ。世の中に溢れてるエンタメ作品の、良いとこ取りばっかした小説になってるよ。名作の表面の、周りの布の部分だけを薄く削ぎ取ってツギハギに組み合わせ、お椀の中にごちゃ混ぜに盛ったパッチワーク丼だね、これじゃあ。食べ応えも噛み応えも無いし、箸で奥をほじろうとしても、中身がスッカスカで呆れちゃうよ」
今でも一字一句覚えてる。批評会でひとりの先生が北斗の作品を読んで述べた、辛辣な感想。私が飲み込んだ指摘に耳が痛くなるほどの厳しさをプラスした酷評は、北斗の胸を深く抉る。北斗が椅子に座ったまま俯き、顔を真赤にして、握った拳を震わせてるあの場面を、私は今でも鮮明に思い出せる。
さらに私は、批評会が終わって北斗を慰めようと近付いたときに、彼に言われた言葉も覚えている。
「北斗、私……」
「優だから完成前の原稿見せたのに! きみのことを買ってるから……きみなら僕が書いたという事実を抜きにして、適正に作品の善し悪しを判断してくれると思ったのに……やっぱり駄目だったじゃんか……」
“やっぱり駄目だったじゃんか”という言葉が〈やっぱり作家先生に通用しなかったじゃんか〉という意味なのか〈やっぱりお前に作品を見せても無駄だったじゃんか〉という意味なのか、私には判断がつかない。
でも私はそれ以上、何も言えなかったし聞けなかった。北斗に対し失礼で、申し訳ないことをしたと思った。彼が迷い、悩み、苦しみながら書いた作品に、お世辞という名の甘ったるい言葉を、本来なら投げかけるべきではなかったのだ。
その反面、私の作品は批評会で三人の先生に初めて絶賛された。まさに北斗と私は、兎と亀のような状態だった。喜びと悲しみが入り混じり、じんわりとした痛みが私の胸に広がっていた。
ーーそれ以来、北斗が文芸部に来ることは無くなった。同じクラスなのに、彼との会話が一切無くなってしまったのだ。
私があのとき、厳しく北斗の作品に一喝していれば、彼と私の関係は良好のまま続いただろうか。彼に好きな人がいるのを知りながらも、せめて友達のままでいれただろうか。今でも北斗は、小説を書き続けていただろうか。
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