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バレンタインデーの夜に言えなかった
2月14日、土曜日の夜八時、バレンタインデーの日、彼女が僕の部屋にやってきた。珍しいことに時間ピッタリだ。
そして、炬燵のテーブルの上に何やらリボンの付いた箱を置いてくれた。てっきりチョコかと思って期待して中を見ると、それは何と僕の部屋の合いカギだった。
「これは、どういう意味かな。」
僕は嫌な予感に襲われつつ、彼女に聞く。
「そういう意味よ。今日で、あなたとは終わり。お返しするわ。」
うつむいていた彼女がキリッと顔を上げて、厳しく言い放つ。
「ちょっと待ってよ。今日は、泊まっていくんじゃなかったの。」
「いいえ、すぐ帰るから。」
取り付く島もない。僕は必至に止めようとする。
「理由を言えよ。」
「そんなこと言わなくてもわかるでしょ。」
「わからないから、聞いているんだろうが。」
ガチでムカついてきた。
「あなたは、私っていう彼女がいながら、数多い女友達と遊び歩いている。最後の一線は越えていないから浮気じゃないって言うけど、私にとっては同じよ。それは、前々から言っていたけど、あなたはまったく聞く耳を持たなかった。それが、まず一つ。」
痛いとこ突いてきやがる。本当のことだから、反論できない。
実際、彼女が来る前に隠したチョコが沢山押入れの中にある。
「まだ、あるんかい。」
「もうすぐ、あなたは大学を卒業する。」
「当たり前だろう。留年なんかしないよ。だから、何だよ。」
「私、遠距離恋愛なんかしたくないから。」
彼女は僕の一つ学年下の三年生だ。卒業しても付き合う考えは頭の片隅にあることはあった。
「何で。」
「あなたは、すぐに私を忘れるに決まっている。自然消滅なんてそんな良いもんじゃない。」
「おい、おい。それは、ちょっと酷くないか。」
ガチでキレそうになるが、彼女の勢いは止まらない。
「そう、じゃあ、はっきり言おうか。田舎に帰って、就職した会社で
すぐに新しい彼女をつくる。私をバサッと捨てるのよ。」
いつのまにか、彼女の二重瞼でちょっと切れ長の瞳から、涙が零れ落ちている。拳を握りしめ、肩まで震わしている。
これには、参った。抱きしめようにも、それを全身全霊で拒むオーラが
出ている。
「そんなことないと思うけど・・・・・」
「私、ダメなの。これ以上、寂しく辛い想いはしたくないから。
万が一、遠距離恋愛をしたとしても、会いたいときに、会えない。
話を聞いて欲しい時に、聞いてもらえない。
抱いて欲しい時に、抱いてもらえない・ ・・・。
そんな気持ちの時に、あなたが他の女と遊び歩いているかと思うと、あれやこれや妄想していると、あなたが憎くなる。殺したくなるの。
だから、・・・だから・・、今日で、終わり。
あなたときっぱり別れる。それが、私にできる最後のプレゼント。
あなたも、それで満足でしょ。
じゃあ、さよなら。」
彼女は、そう言って立ち上がり、僕に背を向け、玄関のドアを開けて、出て行った。
僕は、止めなかった。止める資格はないと思った。
『僕が本当に好きだったのは、おまえ一人だけだったんだぞ。』
暫く、黙って天井の蛍光灯を見つめる。
僕、まだ死んでないけど、彼女との出会いから今日までの思い出が走馬灯のように蘇る。
彼女の心の扉は、固く閉ざされてしまった。決して開くことはないだろう。それも、全部、僕の責任。僕が悪い。
正直、彼女の方から別れを切り出されて、ホッとしているズルい僕が
いた。恐らく、彼女も敏感に察していたに違いない。
それでも、実際にこうなると心がざわつく。
「クソウ~」
炬燵のテーブルの上に置かれたままの箱を手で払いのけると、部屋の
片隅に飛んで行って、合い鍵の他に何かが飛び出した。
拾い上げて見ると、一枚の小さなハート型のメモ用紙だった。
『今まで、ありがとう。楽しかったわ。』
その文字がかすんで見えたのは、他でもない。
僕の涙のせいだった・・・・・。
「僕の方こそ、ありがとう。楽しかったよ。」
僕は、そう呟くのが精一杯だった。
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