蛇を飼う

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ある大学の爬虫類研究科のノヨマサ教授は自宅に大きな蛇を飼っていた。何でも南の孤島にしか生息していないもので、1匹数百万円なのだそうである。名前はギリー君というらしい。教授は、しょっちゅう仲間たちを自宅に招き、料理を振る舞う。これが蛇料理で、なんとかいう蛇を開いて酢で漬けて味を調えた絶品と教授はいうが、あまりの見た目のおどろおどろしさから、見たトタンにひっくり返って、ブクブク泡を吹き出して、教授と絶交することを決める蛇嫌いもいる。 かくのごとく、教授はギリー君を愛で、そして他の蛇をうまそうに食する生活をしていたのである。ギリー君は酷く腹を空かしていたが…。 教授は体全体になにやら湿っぽい臭いをジメジメさせながら大学の講義をする。彼の爬虫類についての知識は愛を伴っており、大変情熱的である。唾やらなにやらをペッペとやりながら猛然とひたすらに語るノヨマサ教授は独走する機関車のごとく、全速前進だ。ノヨマサ教授はもう大変な高齢だが、そんなことを微塵も感じさせないほどはつらつとしている。 ある女学生がノヨマサ教授に話しかけられた。 「君は至極優秀だし、かわいらしいね。うん、どうだろうか、私の家で私の料理を食べては。」 この女学生、よせば良いのにノヨマサ教授の噂を聞き知っていたために、ギリー君みたさに躊躇いがちにも承諾してしまった。ノヨマサ教授はニヤリと笑う。 次の日、女学生は消えていた。風呂場にするすると蠢くギリー君は腹をいっぱいに満たして満足げに舌をペロペロやった。 それからノヨマサ教授はあんなに可愛がっていたギリー君を切り裂いて料理してムシャムシャ食べてしまった。 ノヨマサ教授は自宅に大きな蛇を飼いはじめた。名前をサリー君とつけた。 モジャモジャ頭の巡査部長が女学生失踪事件をしらべはじめた。程なくノヨマサ教授が疑われる。 「彼は非常に大きな蛇を飼っている変人だ。下手なことをされると危ない、彼が女学生失踪に関わっていたことはほぼ明瞭なんだから、蛇をなんとかすれば良い。まったく損な役回りだ。いっそのことやつが蛇に食われてしまえば話ははやいのに。」 と部下に喋っている。大学に連絡しても、あれは変人だからと言って取り合わない。モジャモジャ頭の巡査部長は仕方なくノヨマサ教授に直接話を聞くことにした。 ノヨマサ教授の家の前でノヨマサ教授とモジャモジャ頭の巡査部長が話をしている。ノヨマサ教授の体にはサリー君が巻き付いており、巡査部長の額には冷や汗がびっしょり濡れている。 「もし仮に故意に私がギリー君に彼女を食べさせたとしても証拠がないんだよ。私のギリー君は腹の中に消えてしまったからねえ。ふふふ。」ノヨマサ教授は蛇を撫でながら不敵に笑う。 「で、ではありますが、それでは彼女を蛇に食べさせたということを半ば示したことになりやしませんか。」モジャモジャ頭の巡査部長は蛙の如く縮こまり、もじもじしながら聞いている。 「証拠がない以上は君にはなにも言われる筋合いはないね。そうだ、君。」サリー君が蛇睨みをする。 「私の料理を食べていかないか。」 巡査部長はギョッとして、とんでもないと断ったが、教授は老人とは思えぬ物凄い力で、巡査部長を家に連れ込んでしまった。 「うまい。」巡査部長がさけんだ。教授の蛇料理は巡査部長の舌を釘付けにした。 「これは何の蛇ですか。」巡査部長は油断しないよう用心して聞いた。 「ギリー君だよ。狂おしいほどうまいだろう。 最も美味に帰依しているのは君のさがしているあの女学生だよ。」教授は何本かの長い髪の毛を巡査部長に示した。 巡査部長は半ば錯乱していた。俺は食ってはならんモノを食ってしまった。それ以上に、女学生の体を大変にうまいと感じてしまっていたことも許せなかった。気持ちが悪い。しかし何故うまいのだ。 気づくと教授は消えていた。巡査部長は慌てふためいて辺りを探し、風呂場に腹をいっぱいに膨らしたサリー君を発見した。サリー君の薄い皮にははっきり教授の顔面が映っていた。巡査部長はある衝動を抑えきれない。その衝動は高まって…高まって…。 巡査部長は自宅に大きな蛇を飼っていた。
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