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僕は昔から感情が欠如している、なんて他人から指摘されることがしばしばあった。表情が乏しいからか、言葉数が少ないからか。
「お前には感情が欠落している」とか、「まるでロボットみたいだね」なんて言葉を投げつけられても、僕はただ納得したんだ。もしかしたら僕が自覚していないだけで、僕自身本当にロボットの類いなのかもしれないって。転んだら痛いし血が出るけれど、それ程リアルに造られたモノなのかもしれないなって。
それにテレビや漫画で見かける「ロボット」達は僕なんかよりずうっと表情が豊かで生き生きとしていて、僕には彼らの方がよほど本物の「生き物」のように思えた。
子供の頃、僕は嘘が吐けないニンゲンなのだと思っていた。けれど大人というものに成ってからは、僕はとても嘘が上手いのではないかと思えてきた。
確かに僕は所謂「普通」の人よりも感情が欠落しているかもしれないけれど、それらしく振る舞う事は出来る。厳密に言うと、出来るようになっていった。
社会という檻の中ではあるがままの自分で居ることなど到底難しく、そう言った嘘も処世術の一つだと思えば何とかやり過ごすことが出来た。出来ていた、と思う。
嘘は決して悪いことではないだろうし、あの日彼が言ったようにそれを放つ人や受け取る人の意図によって刃にも薬にもなり得るのだろう。
分かっている。
僕が僕のままで居たらきっと沢山の人に迷惑を掛けるだろうし、嫌な思いをさせてしまうかもしれないと。
分かっている。
それでも僕は自分が嘘を吐いていると思えば思うほど息がし辛くなって、自分がまるでフツウのニンゲンではない事をまざまざと思い知らされるようで苦しかったのだ。
だけど他にどうすれば良いのか分からなかった。
特段何かに秀でている訳でも要領の良い訳でもない僕には、息がしやすくなる方法なんて分からなかったんだ。
だけど、だけどね。あったんだよ、僕にも。欲しいと思うものや、したいことや、会いたいと思う人。
気付いてくれた人が居たんだ。
僕にも見えなかったものに気付いて、教えてくれた人が居たんだ。
「綺麗」だと。
そう、言ってくれた人が居たんだ。そのおかげで僕は、気付いたんだ。
『アンタは感情が豊かだな』
そんな事を言われたのは人生で初めてだった。あんなに表情が自然に動いたのも、心の存在を感じたのも、僕が知らなかった僕を見つけられたのも。
全部全部貴方のおかげだったんだ。
溢れ落ちた欠片をひとつ拾う。
でこぼこで小さくて金平糖のように歪な形をしたそれは、こんな僅かな部屋の灯りすら一心に拾って懸命にきらきらと輝いているように見えた。
薄い赤や鮮やかな黄色、少し緑がかった青…。
とても眩しくて、とても儚い。
今にも消えてしまいそうな、けれども永遠に空の上で輝いていてくれそうな、一粒の魔法。
あぁ、これが僕の「感情」か。
「感情」を見つける度に、安心する。
自分ではどうしようもない浮力から少しずつ解放されるような、そこに確かにある地面の温かさに近付けるような。
そんな気がするんだ。
これらはあの青年がくれたものだ。まるで感情の無い人形のようだった僕に、彼が与えてくれた…気付かせてくれたもの達だ。
だけどそれで本当に良かったのかな。
ねぇ、貴方に逢えないことでこんなに胸が痛いなら、息が苦しくなるのならいっそ何も感じないままの方が良かったのかな。
嗚呼、貴方はとてもずるいひとだ。
甘いのも苦いのも辛いのも全て僕に与えて、そのままにして去ってしまうのだから。
時が過ぎる。
壊れかけていた時計が珍しく動いて、何事も無かったかのように一分一秒、時を刻む。
僕とあの青年との時間を遠ざけて、どんどん過去のものにしてゆく。
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