<前編>

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<前編>

 これも暇つぶしだと、亡くなった祖父の家から私が引き取ってきた本には様々な種類のものがあった。生前から変わり者の祖父だとは知っていたが、よもや本当にこう“黒い”本ばかり揃っているとはどうして想像ができようか。 ――そういや、お祖父ちゃん言ってたっけ。自分は魔術師なんだ、とか。魔女に愛でられたいくつもの魔導書を所持してるんだ、とか……冗談なのか本気なのかよくわからないこと。  ずらり、と床に並べた本はどれもこれも胡散臭い代物ばかりである。“西洋魔術考”“英吉利における魔導の真理”“東洋魔術と西洋魔術の違い”“かの大魔術師、Kについての伝承”“伝説のオルガンを鳴らす魔法のやり方”。残念ながら英語は読めないので、貰って来たのはどれもこれも日本語訳されたものばかりであったが。多くがバーコードのついてない、非売品か自費出版と思しきものばかりだった。一体どうやってこのような代物をかの祖父は手に入れたというのだろう。  荒れた気持ちを少しでも沈めたくて、そのうちの一冊を手に取った。導かれるように触れたそれは赤黒い“いかにも”なハードカバーの蔵書で、“時を戻す為の魔導書、コードR”なんて書かれているではないか。 「時を戻す、ねえ。そんなこと、簡単に出来たら誰も苦労しないんだけどな」  案の定、表紙こそ日本語であったものの、中身は何語かもわからぬ文字がびっしりと詰まっているだけだった。魔女の暗号や記号のようなものだろうか。ハングルでもなければアラビア語でもなさそうである。まさか祖父は、このよくわからないものも読むことができたのだろうか。もし祖父が生きていたら――この謎の文字列を解読してもらうこともできただろうか。  ああ、馬鹿らしいのはわかっている。  そんなことを考える時点で――自分らしくもなく、参っているということは。 ――あの日に、戻れたら。徹さんと、もう一度やり直すこともできたのだから。  今日。あの人が、家にやってくる。どうして今更、としか思えなかった。彼が度重なる出張で、ここ二、三ヶ月死ぬほど忙しかったことは知っている。だからって、メールも本当に僅かしか返さず、電話にも一度も出ないなんてどういうつもりだったのだろう。私の性格は、三年も付き合った彼が一番よく知っているではないか。毎日電話で、おやすみなさいを言い合わないと不安で。ちょっとしたメールでも、きちんとマメも返してくれるとことが好きなんだ、なんてことも伝えた筈だったのに。
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