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「最近、連絡がちゃんと取れなくてごめん」
そして、彼は。テーブルの前に座って、あの時と同じ台詞を繰り返すのである。
違うのは私が、あの日と違って彼に対してちゃんと紅茶を入れる余裕があったこと。そしてあの時とは違い、既に真っ赤に目を泣き腫らしていることだ。
もう二度と会えないと思っていた人が、目の前にいる。あの日の間違いをやり直すことができる。これがどれほど幸福で、得難いものであることか。
まあ、何も知らない彼は、私が泣いている理由を“寂しかったから”だと思っているようだけど。実際のところ、それも完全な間違いではないのだ。
「……その。そんなに、寂しがらせてしまってたなんて、思わなかった。ごめん」
「本当にねっ!」
そう、本当に辛かったのだ。彼が死んでから。彼が自分にプロポーズするつもりだったと気付いてから。きっかけになった噂が友人の裏切りだったとわかってから。何もかも空っぽで、信じられなくなって、空しくて苦しくて――僅か数日で何十歳も歳を重ねてしまったかのようだったのようである。
失った日々は僅かなもの。
それでも、由那にとっては永遠にも近い地獄だった。
改めて気付いたのだ。徹がいない世界になど、なんの意味もないということに。
「……そんなに、忙しかったの?私への連絡もできなくなるくらいに?」
あの日は別れ話を切り出されるとばかり思っていたこともあって、早口に捲し立ててしまった私。今から思えばあんな風に問い詰められてしまったら、普通何も反論できなくなってしまうだろう。押しが弱くて大人しい彼なら尚更だ。
彼が浮気をしていたわけではないことは、もうわかっているのである。なら連絡が出来なかった理由は、本当に仕事でしか有り得ない。仕方ない事情があったのは確かなのだろう。
ただそれを、きちんと彼の口から聞きたいのだ。今度は後悔することのないように。
「……言い訳に聞こえるかもしれないけど」
彼は、目を伏せて口を開く。ここで初めて気付いた、いつにもまして彼の顔色が悪いということを。目の下に隈ができているということを。
「まだ、由那の部署の方には話が行ってないのかもしれないけど。……ちょっとまずいことが続いてて。俺、営業部に移ることになるかもしれなくて」
「営業部に?え、あれだけ営業は向いてないって言ってたのに」
「そうなんだけど、そもそも今回はその研修で出張に行ったようなもんだったしね……うちの総務部は本来そんなに出張はないはずだから」
言われてみればそうだ。彼の仕事は基本的には本社で机に向かってやるものがメインであったはず。なんでここ最近出張がちょこちょこ発生しているんだろうと不思議には思っていたのだが。
「言いにくいことだし、みんな難しい問題なのはわかってるんだろうけど。営業部の田岡さんがもうすぐ定年でやめるってタイミングで、二科さんがお子さんの育休、馬田さんと小島さんが産休取るって言い出したらしくて。特に小島さんは、この間育休開けたばかり。二科さんは男性で馬田さんはまだ入って二年目の若手なわけで。……まあそうなると、何が起きたのか想像はつくだろう?」
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