<前編>

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 *** 「最近、連絡がちゃんと取れなくてごめん」  丸テーブルの前、向かい合って座った直後に、彼はそう言って頭を下げて来た。ややくたびれたセーターは、付き合い始めの頃私が必死で縫って渡すという、古典的なことをした代物だ。今時流行らないとはわかっていたけれど、少しでも女子力があることを示したかったとでも言うのだろうか――結果、あっちこっちほつれている、模様も一部失敗しているとんでもない一着に仕上がってしまったけれど。 ――ほんと、どういうつもりなの。それ着てくるなんて。  彼が気に入ってくれていたのは知っている。こんな時でなければ、そんなに好きでいてくれたんだと喜んだところだ。けれど今は、皮肉にしか聞こえない。そんなもので、私のご機嫌の一つでも取ろうというのだろうか。そんな程度のことで操れるような安い女だと思われているのか、そう思ったら逆に腹が立ってきてしまう。今すぐそのセーターをビリビリに破いて、私がこの数ヶ月どれだけ惨めな想いをしたのか教えてやりたい気持ちでいっぱいだった。  まあ、そんなことをしたら後で虚しいどころではなくなって、一番落ち込むのが自分だとわかっているからやらないけれど。それが理解できるくらいの理性はまだ残っているのだ、一応。 「……忙しいのは、わかってた。でもね」  怒鳴り散らしてやりたい。でも、そんな終わりにはしたくない。だから私はどうにか自分を抑えて抑えて、努めて冷静な声を出すことに徹した。 「送ったメールの中でさ。返信してくれたの、二回だけじゃん。しかも、殆ど要件だけのメール。私が淋しいって、送ったのも殆どスルーした。LANEも含めて。既読はついてたから、見てないわけじゃなかったんでしょ?なんで?」 「……ごめん」 「ごめん、じゃなくて。本当にそんな時間もなかったの、って聴いてるんだけど。出張なんだから、ホテルで一人で過ごす時間くらいはあったでしょ。それこそ、仕事の合間だってよかったのよ。それも無理だったの?そこで時間作ろうとか、一通ずつでも返信しようとは思えなかったの?……私の存在って、結局その程度だったの?」  ダメだ。自分で言いながら、どんどん早口になって止まらなくなる己に気づいていた。これではいけない。落ち着いて、きちんと受け止めて――少なくともヒステリックに喚くだけの女で終わることは避けようと、そう決めたはずだったというのに。
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