<中編>

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<中編>

 それからのことは、朧げにしか覚えていない。  嫌な予感とともに、サンダルを履いて外を覗いた私は――目の前にあった光景に目を剥くことになるのだから。  彼はアパートの階段から、足を踏み外して死んでいた。  そして徹の散らばったカバンの中身には――真新しい、指輪のケースが入っていたことを知るのである。 ――何で、って。とにかくそれだけが、頭の中を回ってた。  落ちたところを偶然目撃していた人がいたのもあって、徹の死はあっさりと事故ということでカタがついた。実際私は突き落としたわけではないのだから、間違いではない。自殺の可能性もゼロではなかっただろうが、あまりメンタルの強くない彼のこと、ショックで足元がおろそかになった可能性の方が高いのだろう。  警察、病院、葬式、火葬――そしてまた、日常へ。  突然崩れ落ちた平穏。確かなことは、私が自分の愚かな思い込みゆえに――大切なことを見落としてしまって、掴むべき手を離してしまったということだけである。  後で知った、事実。  それは私が信じていた親友が、実は徹にフラれた経験があったということ。  彼と親しげに話していたという若い女子社員は、彼が指導役として任命されただけの関係であったということ。  そして彼の携帯に残っていた、未送信のままのメール。――ああ、どうしてこれをちゃんと送る勇気が彼にはなかったのか。そうしたら、自分だってもう少しは彼を信じることができたのかもしれないのに。 ――違う。徹さんを、ちゃんと信じようとしなかったのは……私の方だ。  ドタバタと色々なことが過ぎていって、実感さえもなくなってしまったグレーの日々。休日、何処にも出かける気力がなく、アパートのワンルームで蹲っていた私は――ふと、放り出したままになっていた一冊の本の存在を思い出したのである。  あの分厚くて赤黒い、うさんくさいタイトルがついた本だ。“時を戻す為の魔導書、コードR”という文字が踊っているのが目に入って失笑してしまう。あの時は“時間を戻す方法なんてものがあるなら誰も苦労しない”と一笑に伏した代物。今は、そんな馬鹿げたものにも縋りたくなってしまう自分がいる。 『タイムマシンなんてものがあったら、徹さんは使ってみたい?』  そうだ、この部屋で――一緒にテレビを見ながら、彼とそんな会話をしたことがなかっただろうか。時間旅行をする、という演出で戦国時代などを紹介する、歴史モノのワイドショーだったように思う。当時そこそこ視聴率も取れていて、自分達もよく話題の種にしていたものだ。残念ながらそこの司会者が不祥事を起こしてしまったとかで、番組そのものが継続不可能になってしまうという不遇の結末を迎えたのだけれど。  そうだ、あの時――徹はなんと言ったのだっけ。確か。
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