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小高いデッキの上から、煌めく色とりどりの光の粒を2人は見下ろした。輝く夕日が凪いだ海に落ちていって、だんだんと都会の夜景がぼんやり波に合わせて揺らぎながら海面に映し出される。その上を船が悠々と滑った。
春の夜の潮風は、まだ少しひんやりしていて、それは幾分か心を落ち着かせた。
「せっかくのデートだから、ピアノリサイタルの後は、こんな夜景クルーズ船とか、どうかな、と思っていたんだ。雰囲気あるでしょ?」
「うん…すごく綺麗」
「良かった」
葛城が遼を連れた先は、夜景を周遊するクルージング船の上だった。
どうして、この男はどこまでも優しいのだろう。遼は、それが不思議で仕方なかった。自分は、裏切るようなことをした。普通なら、責められたり、問い詰めてくるところを何も無かったかのように接してきた。
遼は、逆に葛城と、どう接して良いか分からない。自分から話しかけられず、口数はとても少なかった。
葛城は、遼の手すりにかけていた片手をやんわり握った。暫く、2人は移り変わる夜景をぼうっと眺めていた。
汽笛が太く、重く響く。
船は、周遊ルートの、1番の絶景スポットに差し掛かった。
しかし、遼はそれに目を奪われることはなかった。葛城が、無言で鞄から取り出した小さなケースに釘付けになっていた。
「祐樹、これは?」
「ほんとは、もっと、色々タイミングってものがあるんだろうけど。我慢できなかった」
ケースの中身が明らかになる。ネオンの光が、指輪の真鍮部分に反射して鈍く光った。
「遼、俺とずっと一緒にいてくれないか?」
その言葉に、無論遼の口から疑問しか出てこなかった。
「なんで……?俺、あんなことした後なのに」
「気にしない」
船が波で少し大きく揺れた。足元が不安定になって、よろけた遼の肩を葛城は抱きとめた。そして、半開きになった遼の唇に葛城は触れるように軽く接吻した。
「俺、言っただろ。例え何があっても一生遼のこと好きでいる自信があるって」
「俺なんかのこと、どうしてここまで」
「それだけ、俺は遼のこと愛しているんだ」
ストレートな愛をぶつけられて、遼は胸を射抜かれたような心持ちだった。ここまで自分を愛してくれる男は、葛城しかいない気がした。邪険に扱ってしまった自分が憎らしい。
「俺、遼のこと何処にも行かせたくない。受け取ってくれないか?」
葛城が、片足で跪いてまで、指輪を差し出してきた。
遼の出す答えは1つしかなかった。
けじめをつけたい。あの男にいつまでもたらたら未練がましい自分を変えたかった。
自分も葛城を深く愛している。だからこそ、真っ直ぐな愛に応えたい。
それなのに、どうして、リサイタルのアラベスク第1番の余韻は、呪いのように脳内で鳴り響いて消えないのだろう。
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