第1章 青天の霹靂

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遼は、逡巡する自分に強く喝を入れた。 過去に縋っても何も得るものは無い。そもそも、あの男とは3年前に終わった。何を迷う必要がある。 こんな真っ直ぐな目の前の強い気持ちを無下にする訳にはいけない。 あの、忌々しいアラベスク第1番が脳内で鳴り止まないなら、別の音楽でかき消せばいい。 そうして、真逆の葛城の好きな、アップテンポ調の明るい洋楽の曲を無理やり思い出した。 そうして、遼は差し出された指輪を受け取って、薬指に嵌めた。 その瞬間、強ばっていた表情筋が大幅にゆるんで、葛城は破顔した。ガッツポーズまでして、飛び上がるように喜ぶ。 「良かった〜!遼に初めて告白した時並に緊張した」 薬指を軽く締め付けるその感覚は、過去の未練を断ち切ってくれる気がした。指輪の表面を撫でる。 「祐樹、本当にごめんね。俺、祐樹の気持ちに応えたい。こんな俺なのに、ここまで思ってくれてありがとう」 「いいよ、大丈夫。むしろ、こっちが礼を言いたいくらいだ。いきなり、急だったのにね。ほんとよかった!」 小躍りするほどに嬉しそうな葛城を見ていると、遼も自然と顔が綻んだ。 「よし、そうと決まったら、まず同棲して、お互いの実家にも挨拶して…あと、挙式?」 「挙式もするの?!」 「勿論。男同士でも、籍入れられたら良いんだけどなぁ」 「そうだね」 明るい未来予想図を話す葛城。遼も、今まであった迷いの一切が雲散霧消した心地だった。 「遼、おじいちゃんになってもずっと一緒にいようね」 「うん」 これから愛しいパートナーと、幸せな家庭を築いていくのだ。そう考えると、自分を苛む呪いから解放された気がした。遼は、嵌めた指輪を月光に掲げると、ほうっ、と安心したような溜息をついた。 これでいいのだ、と遼は納得した。 アラベスク第1番が、気がつくと頭の片隅で静かに鳴っていた。
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