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――インタビュー当日。
小洒落た喫茶店で行われた葛城の、杉原への取材は、とても和やかに進んだ。
ピアノを始めたきっかけから、国際コンクール優勝に至るまでの一流ピアニストまでの道のり。クラシック音楽初心者の読者が多いだろう、ということでおすすめのピアノ曲を紹介して貰ったり。あるいは、クラシック以外で好きな音楽を聞いてみたり。
2人とも同じ洋楽バンドが好きなのが分かり、そこから友人同士のように盛り上がる。
1時間ほどの取材だった。
「杉原さん。長々と、ありがとうございました。今度出されるCD買わせて頂きますね。あのリサイタル以降、クラシックに興味が湧きました」
「こちらこそ、そこまで言っていただけるなんて、恐縮です。また機会があったら是非よろしくお願いします」
杉原は手元にあった冷めたカフェオレを飲み干すと、短くなった煙草を灰皿に押し付けた。そうして、帰る支度を始めようとすると、葛城は、そうだ、これは取材と関係なく全く私的な話ですが、と切り出す。杉原は、手を止めた。
「なんですか?」
「俺、今度、遼と入籍することになったんです。と言っても、生憎日本での同性婚は法律で認められてないので、パートナーシップ制度に頼るんですけどね」
その言葉に、杉原は明らかに動揺した。ポケットにしまいかけていたライターが、手から滑り落ちそうになる。
「そう……ですか。おめでとうございます」
先程までの和やかな2人の空気は呆気なく消え去った。杉原の顔は曇る。葛城は、険しい目で畳み掛けた。
「少なくとも、俺は、あんたみたく遼を悲しませるようなことは絶対にしない」
杉原は、目を伏せた。着ていたカーディガンの裾をきゅっ、と指先で摘んだ。
「葛城さんみたいな人なら、きっと遼も幸せだ。彼を、どうかよろしくお願いします」
杉原は、頭を深く下げると小走りで喫茶店を後にした。当の葛城は、喫茶店に居座って何事も無かったかのようにノートパソコンを開くと、作業を始めた。
第1章 終
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