第2章 友達

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いつの間にか、見慣れた家の前に、遼は立っていた。 水の戯れは、終盤を迎えていた。曲の中で、変幻自在だった水の動きは一点に向かって、滝のように流れ落ちていく。聞いているあいだ、かんかん照りの炎天下で、この家の前は日陰もないのに、不思議な涼しさを遼は、覚えていた。 この家の2階の、風ではためくカーテンの向こうに、杉原がいる。白地のカーテンに浮き上がる彼とピアノのシルエット。彼も帰省していたのだ。 遼は、窓を一瞥した。 もう、手が届かない存在。 終わった関係。 それなのに、身体が勝手にこうして、惹かれるように、ピアノを聞きにきてしまった。遼は、自分に言い聞かせた。彼ではなく、ピアノの音に惹かれたのだと。 ラヴェルを弾いていたい気分なのか、次は亡き王女のためのパヴァーヌが聞こえてきた。どこか、淡々としているようで、物悲しい旋律を背にして、遼は歩き出した。まだ、聞いていたい気持ちがあったが、聞いてはいけない気がした。 「あら、遼くんじゃない」 「あっ、おばさん…」 ばったり、と運悪く、角から曲がってきた杉原の母親・玲子(れいこ)と出会ってしまった。買い物帰りなのか、自転車の籠にスーパーの手提げ袋が載っていた。 「久しぶり。帰ってたのね!元気にしてた?」 「ええ……今更ですけど、慎也の優勝おめでとうございます」 「ありがとう。あの子、留学中、脇目も振らずストイックに頑張っていたみたいだから。報われたようで嬉しい 」 「そうですね」 自分にすら連絡を取らなかった男だったのだ。ピアノに一心不乱に打ち込んで、自分に構う余裕などなかったかもしれない。3年の時を経て、冷静になった遼はそう分析することができた。 「そうそう、コンクールで、優勝した後に、慎也はぽろり、と私にこぼしたのよね。これで、ようやく遼くんに顔向けができる、って。遼くんのこと、ほんと大好きだったのね」 遼は、虚をつかれたような顔をした。顔向けができる、とは一体、どういう意味なのだろう。玲子の言葉を更に掘り下げたかったが、遼は聞かなかったことにした。 「おばさん、それじゃあ、俺帰りますね」 「遼くん、遊びに来たんじゃないの?」 「いえ、そういう訳じゃないです。ただ、近くを通った、だけで」 「上がりなさいよ。暑いだろうし、ちょっと涼んでいきなさい。慎也も喜ぶわ」 「練習の邪魔する訳にはいかないので…」 「慎也はそんなこと気にする子じゃないわよ」 遼は、押しに弱い。それでも、頑張って色々理由をつけて断る素振りを強く見せていたのだが。ついには、どうしても引かない玲子の勢いに負けてしまう。 どんな顔をして杉原に再会すればいいか分からなかった。
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