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「遼、何年ぶりだと思ってるんだ?ちょっと冷たいんじゃないのか」
「誰だって冷たくなるに決まっているだろ!この3年間、お前一体どこで、何やってたんだ!どうして連絡をっ…」
遼の激昂した口が塞がれてしまった。形の良い杉原の唇が、啄んできたのだ。
「っ……!」
全身がぞくり、と粟立って拒むことができなかった。相変わらず強引な男だった。唇を重ねたことによって、狂おしいほどに求めていた実物の体温を得てしまった。そうして、遼の、この男に対する思いを断ち切ろうとした努力が、脆く簡単に崩れ落ちてしまった。
じわり、と、ある罪悪感が湧出してきて遼は杉原を突き飛ばす。
それでも、杉原は、怯まずに遼を壁際に押し付けた。身を捩って逃げ出そうとしてもゆるさない。
「悪かった。話したいことは山程ある」
「ふざけんな!今更一体、俺になんの用がある!もう、俺のことなんかとっくのとうに忘れてたんだろ!」
遼は杉原の襟首を掴んだ。杉原はやんわりとその手を握る。優しく包み込む大きな手。ピアニスト独特の鍛えられた指の筋肉を肌越しに感じた。脳内を杉原の弾く、ピアノの音が駆け巡った。
「俺は片時も遼のこと、忘れたことない」
その言葉に遼は動揺した。俺も、と言うことは遼には、できなかった。この3年間、この男のことを忘れようと苦しく藻掻いていたほどだったのに、最後に見たピアノを弾く真剣な杉原の横顔と、奏でられた音の記憶が甦ってしまった。
その記憶の中より、今目の前にいる大分男前で、たくましくなった杉原の顔に見惚れそうになってしまった。遼の胸は疼く。我を取り戻すように大きく首を振って、杉原に掴みかかるように問うた。
「じゃあ、どうして連絡をしな…っ!」
今度は激しいキスだった。遼の唇の間を割って杉原の舌が侵入する。最初は抗っていたのに、貪るように舌を絡め取られることをついには、受け入れてしまった。ひどく複雑な心中だった。狼狽して素直になれない心と、本能を優先して素直な身体が自分中で噛み合わない。
「遼、少し垢抜けたな」
一旦唇を離した杉原は、最近、明るめの茶色に染めた遼の髪に触れた。頭に触れられただけで、キスで敏感になった遼の身体がぴくりと反応してしまう。
「俺とお前は3年で色々変わってしまったかもしれないが」
杉原は、遼を抱き寄せる。遼は、静かになってされるがままになった。口を半開きにして、どこか惚けたような顔をしていた。
「お前に対する気持ちはずっと変わらない」
遼は、心臓が爆発寸前になるほど胸の高揚を覚える。
「お前の事が好きなんだ」
甘い死刑宣告だった。3年間、必死でせき止めていた遼の杉原への思いがダムを放水するかのごとく一気に溢れ出してきた。
「好きだ」
杉原は何度もそう囁いて口付ける。3年のブランクを埋めるような、甘いキスだった。既に怒りよりも、杉原に会えたという安堵感が遼の感情を占めていた。最終的に、遼は自分の取り巻く状況を忘却の彼方に押しやって、本能に従った。自分も杉原を未だ愛しているのは、紛れもない事実だった。愛撫に応えるように自分から積極的に舌を吸い取って、絡ませる。激しさに呼吸困難に陥ってしまいそうだった。
「もう辛抱できない」
「えっ」
杉原は遼の手を引いて玄関からずかずか上がり込むと、ソファに押し倒した。押し倒されて遼はまた狼狽えた。このまま行けば、なにかいけないことが起きてしまう。真実を杉原に話さなければならない。倫理を重んじる遼の心がそう訴える。
しかし、遼の身体は杉原を強く欲していた。堪え忍んできた杉原に対する欲求は爆発的なものだった。ここでも心と体が噛み合わない。
杉原は無言で遼の首筋に舌を這わせた。
「んっ…!」
ざわざわした感触に、足の先がピンと伸びて血液が目まぐるしく循環するのを遼は感じていた。杉原に、服の中をまさぐられる。遼は、はっとした。
「慎也!」
名前を叫んで、遼は杉原を押し返した。杉原は顔を上げた。葛藤の末、遼の理性が勝利したのだ。
「駄目だよ。こんなの…駄目だ」
「どうしたんだ」
じっと、杉原に顔を見据えられて遼は、理由を口ごもってしまった。そのとき、場にそぐわないインターホンの軽快な電子音が、再び空気を切り裂いた。
「ちょっと行ってくる」
「おい」
杉原の静止を聞かずに遼は飛び出していった。遼は自分の情けなさを恥じた。背後で溜息を聞いた。
「✗✗急便でーす」
状況を知る由もない暢気な声の配達業者が、今度こそ仕送りのダンボールを持ってきた。
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