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僕はギュッと拳を握り締めると
「可愛い弟のあんな姿を見せられて、今は付き合っているから仲直り…なんて僕には出来ない」
吐き捨てるように叫び、僕は章三の部屋を飛び出し階段を駆け下りた。
「兄貴!」
背後から章三の声は聞こえたけど、僕はそのまま家を飛び出した。
ポケットに入っていた小銭で切符を買い、気付けば田中さんのマンションの前に立っていた。今日は仕事納で帰りが遅いと聞いていたけど、念の為、インターフォンを鳴らしてみたけど…応答が無い。
咄嗟に出て来たから合鍵も自宅。
「はぁ…」
思わず溜息を吐く。
しかも上着も着ないで飛び出したから、田中さんが居ないと分かって急に寒さが身に染み始めた。ブルブルと震える身体を擦りながら、どうしようかと考えていると
「蒼介さん!」
と、僕を呼ぶ田中さんの声が聞こえた。
驚いて振り返えると、息を切らせた田中さんが走り寄って来る。
田中さんは上着を脱ぐと、僕の肩に田中さんの上着を掛けて抱き寄せた。
ふわりと香る田中さんの香りにホッとする。
「とにかく中へ入りましょう」
田中さんに促されて、マンションの中へ入る。エレベーターに乗ると、心配そうに僕を見詰めてそっと頬に触れると
「こんなに冷たくなって…」
そう呟いた。
両手で僕の頬を包み、優しい瞳に見つめられて気が緩んで来たらしい。
涙が溢れ出して止まらくなってしまう。
エレベーターが田中さんの部屋がある階に着いた音を鳴らし、ゆっくりとドアが開く。
田中さんは僕を抱き上げると、ゆっくりと歩き出した。
「た…田中さん!歩けますよ」
慌てて叫んだ僕に、田中さんは
「涙で前が見えないでしょう?恥ずかしかったら、俺の胸に顔を埋めていたら他の人に顔は見えませんよ」
そう言うと、僕の反論を無視して歩き出す。
ゆらゆらと揺れる田中さんの腕の中で、僕は田中さんのコロンの香りと汗の香りに安心して涙が溢れ出す。
田中さんの胸に顔を埋め泣いていると
「鍵を開けますので、1度下ろしますよ」
そう言って僕の身体をゆっくりと降ろした。
鍵を開ける田中さんの背中に抱き着くつと、田中さんは僕の手に優しく触れる。
「歩きますよ」
僕を労る声に頷き、田中さんに合わせて歩いて室内に入った。
ドアが閉まる音が聞こえて、鍵を閉める音が響く。田中さんの背中にしがみついたまま、僕は何かの妖怪みたいに田中さんの歩く方向に着いて歩く。
電気を着ける音が響き、田中さんが苦笑いをする気配を感じて顔を上げる。
「凄く嬉しいのですが…、着替えたいので少し離れて貰えますか?」
困ったように笑う田中さんの背中に顔を埋め、ギュッと抱き締める。
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