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おかえリなさい
________なぁ、知ってるか?
そこの通りの屋敷の話。
え?あぁ、そうそう。
昔画家が住んでたっていうあの民家。
まだ結構若かったらしいんだがな、名が知れていただけあって勿体無いよなぁ。
常に傷だらけだったらしいから仕方無いか。
ん?いや、喧嘩ではないらしいぞ。
そこの近隣の娘さん、居るだろ?あの別嬪な。
「よく抱っこしてくれたり遊んでくれて、とても優しくて穏やかな良い人だった」って言ってたぜ。
特別な力を持つ人だとかなんとか。
話を戻すがあの屋敷、出るらしいぞ。
画家なだけあって絵が大量にあるんだがな、人物画がおかしいのだと。
瞳がぐるぐる動いたり、目が合ったと思ったら微笑みかけてきたり、首だけ後ろを向いてるって話もあったな。
その中でも群を抜いて奇妙なのが自画像だ。
数枚あるんだが、一つ残らず顔が黒で乱雑に、しかし絶対顔が見えないように塗り潰されてるんだ。
余程自分の顔に自信が無かったのか、傷だらけの顔が嫌だったのか。
何にせよ、病んでたんだろうなぁ。その絵からして。
で、その自画像の一つが、絵から抜け出るんだとさ。
笹色の着物を着た男が誰も居ない筈の屋敷の薄暗い居間の中静かに立ってるんだ。
何をするでもなくただ縁側に背を向けてその場に立ち尽くしているんだ。
だから静かで、小さな物音も聞こえる。
砂利玉一つ擦れた音でも男に聞かれたら駄目だ。
物音が聞こえると男は動き出す。
「おかえりなさい」
「サイロウクン」
って何度も呟きながら覚束無い足取りで近付いてくる。
塗り潰されたままの姿で出てきてるから表情は全く分からない。
動きが遅いからすぐに逃げられて捕まったらどうなるか誰も知らない。
捕まってみようだなんて馬鹿は居ない。
何も分からない未知な存在だからこそ恐ろしいんだ。
…そういやこの前見たんだ。
あの屋敷に入って、穏やかな顔で出て行く男の姿。
紺の軍服着て花束持っててさ、話によれば幼い頃にあの画家と契りを交わした恋仲だった男だそうな。
かなり前に死んだってのに、健気なもんだぜ。
ん?その画家が何で死んだって?
何かの用事……戦い?で一緒に住んでた弟が出て行ったきり帰って来なくなったらしい。
それが心労に繋がり気が狂っちまって自尽……いや、病で倒れたんだったか?
実際はどうだったんだろうなぁ。
まぁとにかく、成仏出来ることを祈るばかりだ。
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