君は普通の子

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君は普通の子

「もうすぐ十二月か」  十一月も終わりに差し掛かる頃、冷たい秋の風が私の頬を撫でた。  学校指定の鞄を背負い、制服は上下ともに鼠色。この格好はどう考えても原宿の街に相応しくなかった。  田舎者の私が単身原宿へ来たのは専門学校の面接のためだ。観光目的で訪れたことは何度もあったが、つい都会の喧騒に浮かれて、耳をそば立ててしまう。  カップルの笑い声。客引きの元気な声。店先から漏れるBGM。通りを走る車のエンジン音。  街にあふれるすべての音が、重なり合って響き合いハーモニーを奏でている。  まるでオーケストラのようだ———。  右の人も左の人も違う声色で話しているのに明るく調和している。すぐ横を通り過ぎた女性も、柔らかいチェロのように美しい音を奏でていた。「いつ来ても人がいっぱいだ」と呟く間抜けな声も、この街ではオーケストラの一部になれる。  私はきょろきょろとあたりを見回した。  個性的なファッションであふれる『竹下通り』 は何もかもが光っている。  原色が眩しいファッションビルの看板もショーウィンドウも、建物の間から覗く狭い青空までもが眩しかった。  しかし、今日の目的は専門学校の面接であって観光ではない。そう何度も言い聞かせていたはずなのに、知らず知らずのうちに浮かれていたらしく、予定よりもずいぶん早く着いてしまった。    せっかくだから竹下通りで時間をつぶそう。  なんて言い訳をしたのは一時間前。  クレープを食べたり古着屋をまわったりしていたら、もういい時間になっていた。行きたい場所も尽きないしタピオカも飲みたいけど、腕時計は既に十二時十五分を回っている。  面接は一時からなので、そろそろ向かわなくてはならない。  深呼吸をして来た道を戻ろうとすると、不意に足が重くなった。  そもそも田舎者の私が、こんなに美しい都会でやっていけるだろうか。
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