laugh now cry later

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 そうか、と呟いた間宮さんは、小さく笑って目を閉じる。まるで瞼の裏に映る何かを見つめているように思えた。コンマ数秒、沈黙が流れたのちに間宮さんの唇が動く。 「これは持論だけど、他人の意見を聞けるやつはどこまでも成長する。褒め言葉も悪口も全部受け入れて糧にできる人間が俺は一番厄介だと思うよ。底が見えないって意味で」 「間宮さんの芸大にはそういう学生が溢れてるんですか?」 「うーん。自分が一番、他人は蹴落とすもの、そう考えてる生徒がほとんどじゃないかな。だから他人の意見を取り入れるってより、自分の作品を如何に認めてもらうか——受け入れてもらえるか。それしか考えてないよ。芸術家ってのは自意識過剰だから」  でも、と間宮さんは俺を指さす。  冷ややかな視線を受けて、一瞬、息を飲んでしまった。 「圭一くんはもっと自意識過剰になったほうがいい」 「えっと、言ってる意味がよく分かんないんですけど」 「簡単なことさ、ただ自分を信じて、過去を忘れて、のびのびと描く。圭一くんに足りないのはそれだよ」  適当に笑ってやり過ごそうと思ったが、間宮さんの言葉が胸に刺さる。  この人は芸術に絶望した俺を拾い、丁寧に道をといてくれた師匠と違って、芸大の講師という視点から俺の欠点を指摘してきた。個人の情が挟まれない真っ直ぐな意見。今まで触れてこなかった偽りのない感想。すべてを飲み込んだ瞬間、視界に光りがさしてきた。 「忘れていいんですかね」  俺の問いに間宮さんは深く頷いた。 「しがらみにとらわれず、自分の好きなように描くんだ。そうすればいずれ、圭一くんの絵はをするようになる」  返す言葉を失っていると、間宮さんは肩を譲って笑い始める。ここまで笑われては、長年の悩みがくだらないことに思えてきて、長いため息がこぼれた。  
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