〈犬小屋一夜〉 鶴橋輌

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〈犬小屋一夜〉 鶴橋輌

しまった、と思った時には既に遅く、いつも以上に不注意を後悔した。宿題をやったのに忘れ、余分な教科書でランドセルは重く、書道セット持ち帰りで両手は塞がっている。トイレに行きたい。ゲームがしたい。夜ご飯が食べたい。どんどん欲望は湧いてきて、しかし立ちはだかるドアという名の鉄壁に阻まれて、満たすことはできない。さて、どうするか。取り敢えず玄関に荷物を置いて、家とフェンスの間を歩いてみる。どこから来たのか、野良猫が小さくなって寝ている。入浴中に聞こえた鳴き声は君のものだったのかい。否、仲良くしている場合じゃない。二つの箱の横を過ぎ、曲がり、庭に出る。何もない。ガーデニングしないと分かっているならば、もっと小さく造れば良かったのにと見るたびに思う庭だ。好きに生えた草と犬小屋しかない。あ、犬小屋。そうだ、犬小屋がある。しかも割りと大きくて、2部屋ある。寝れる。無駄におしゃれな小さい戸を開けて、中に入る。ポチの臭いがする。そうか、ポチは今家の中にいるのか。たらふく夜ご飯を食べたんだろうな。僕は、今日はご飯抜き!の日だ。まあ、家の鍵を忘れた僕が悪いんだけどね。それにしても、犬小屋というのは案外居心地の良いものだ。戸があって、窓があって、毛布がある。屋根もある。そろそろ寝るかな。なんだか今日はサバイバルな夢が見られそうだ……。 一夜明けて、大荷物を持って帰宅した母親はこう言った。 「あら、ポストに鍵入れておいたけど、 気が付かなかったの?」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 鶴橋 輌(つるはし りょう) サスペンス作家で芸人もしている。 コートを着て崖に立ち、写真撮影していたら、見知らぬ女性が犯人役をしてくれた。その女性は今の妻。 何度犬を飼っても名前はポチ。 家の鍵を忘れてもいいように、 犬小屋が常に庭に設置してある。 最新作『錯綜芸人』は絶賛発売中。
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