はじまり

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はじまり

むせ返る甘い花の匂い。 なぜこんなにも強く香ってるの? あ…そうか…、これは…。だめ…この匂いが強いってことは…、それだけ多くの…。 僕はどうすればいいの?どうしたらいいの? まだ、何の力もない僕は……! 「乃亜っ、乃亜!」 「…ふ…んぅ…、旭?」 「大丈夫か?おまえ、またうなされてたぞ?」 「うん…頭が痛い…」 眉を寄せて身体を起こす僕の背中を、旭が支えてくれる。 僕の額に手を当てると、「熱はないようだな。ちょっと待ってろ」と言って、慌てて部屋を出て行った。旭が出て行ったドアを暫く眺めて再び目を閉じる。 旭は、僕の二つ上の兄さんだ。と言っても、血は繋がっていない。 僕は、七、八歳の頃に両親を事故で亡くしたらしい。らしいと言うのは、その時のショックで僕には記憶がないからだ。 他に身寄りもなく一人きりになった僕を、両親と親交のあった旭の父親が引き取ってくれた。 それからは、旭とは本当の兄弟のように過ごしてきた。 旭も母親がいない。旭が生まれてすぐに病気で亡くなったんだと、おじさんから聞いた。 だから、ある程度大きくなると、仕事に行ってるおじさんの代わりに、僕と旭で協力して家のことをやるようになった。 僕達は、本当の兄弟以上に仲が良かった。 僕は、高校も大学も旭を追いかけて同じ所に入った。 行きも帰りも一緒、寝る時もどちらかのベッドで一緒に寝ている程、いつも傍にいる。 でもそれは、僕が悪い夢によくうなされるから。うなされては辛そうにしてるから。だから、心配して旭は傍にいてくれるんだ。 「ほら乃亜、もっと深く帽子をかぶらないと。今日は陽射しが強い。それに薬を飲んだけど、まだ頭痛いんだろ?」 大学へ向かう道中、旭が心配して、僕に帽子を深く被らせようとする。そして僕の身体を押して、建物の壁際に押し付けた。 「ちょっ…。大丈夫やって。おじさんから渡された日焼け止め塗ったし、そんなに赤くならへん。頭痛もだいぶんマシになってきてるし。旭は心配し過ぎやねん!」 「おまえ、今年に入って何回倒れたと思ってるんだよっ。乃亜は、俺の大事な弟だ。心配するに決まってんだろ!」 「わっ、わかったから…っ、離れろよ…」 話しながら興奮した旭が、両手を壁について、僕を上から覗き込む。 壁と旭の間に閉じ込められて、僕は俯いて震えるしかない。 だって僕は、出会ってすぐから、旭のことが好きだから。 兄弟だからと、旭は頻繁に僕に触れる。僕はそれがもの凄く嬉しいのだけど、触れられる度に好きが募って苦しくもなる。 兄弟で、男同士で、僕の想いが報われることなど永遠にないのだから。
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