第一章

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第一章

僕は陽射しに弱い。 暑い夏であろうと寒い冬であろうと、陽にあたるとすぐに肌が赤くなる。 だから一年中長袖を着て、見える顔や手には、おじさんから渡された日焼け止めを塗っている。 旭は、「乃亜の綺麗な白い肌が赤く腫れたら大変だ」といつも大げさに心配するのだけど、僕からしたら、旭の男らしく日焼けした肌が羨ましい。 まあ肌が赤くなることだけじゃなく、ここ最近、貧血でよく倒れるから、そのことも心配してるんだと思う。 僕はどうしてこんなにも弱いのだろう。 身体も小さくて細いし、顔もまるで女の人みたいだ。 もっと男らしく強くなって、大切な旭を守りたいのに。 大学の講義が終わって、最後まで講義がある旭を待たずに先に帰っていた。 西に少し傾いた太陽から降り注ぐ陽射しに辟易しながら、ぼんやりと旭のことを考えて歩いていたからか、普段は通らない道に来てしまった。 キョロキョロと当たりを見回すと、少し先に大きな家が建ち並ぶ閑静な住宅街が見える。 僕はなぜか気になって、そちらへと足を向けた。 まるでどこかの観光地にあるような洋風な家ばかりで、僕は興味深げに進んで行く。 右に左にと顔を向けて感心しながら歩いていたけど、ある洋館の前に来た瞬間、僕の心臓が激しく脈打ち、全身の血が沸騰したかのように熱くなった。 ーーなっ、なにっ?あ…、もしかして熱中症になったんやろか…。 まだ大した暑さではないけど、よく貧血を起こす僕は、これくらいの気候でも油断出来ない。 それに、こんな知らない場所で倒れるのはマズい!と元来た道を戻ろうと身体を翻したその時、ある匂いを嗅いで身体の動きがピタリと止まる。 身体の動きは止まったのに、心臓はますます激しく動き出し、僕の体内から飛び出そうな勢いだ。 ーーこ…この、この…っ、匂いは…! この匂いを僕は知っている。 むせ返る甘い花の匂い。 夢の中でいつも香る匂い。 その匂いが、すぐ側の洋館から香ってくる。 この匂いが何なのか、いや、何の花の匂いだろうか、と気になって仕方がない。 僕は、熱く震える身体を無理に動かして洋館の門扉に近づき、開きはしないだろうと思いながらも、力を入れて押してみた。 そんなに強くは押してなかったのに、門扉は向こう側へとゆっくり開いた。 徐々に開けていく視界の中に、芝生の敷かれた地面に倒れている若い女と、赤い血が滴る日本刀を持った青年が映った。 そして、気づく。 あの甘い花の匂いは、花ではなく血の匂いだったんだと。倒れた女の人と、青年が持つ刀についた血から、強烈な匂いが漂ってくる。 ーーでも待って。血って、もっと鉄臭い匂いでこんな匂いと違う筈や。なんでこんな甘い匂いしてるん?それになんで、僕の夢に出てくるん? そのことを確かめたい。でも早く逃げなきゃ、もしかしたら僕まで斬られるかもしれない。 後者が勝って、足を一歩後ろに引いたその時、刀を持った青年が、ゆっくりとこちらを向いた。 「ああ…。今日はついてる日だ。まさかもう一匹、自ら寄って来るなんて…」 「ひっ!」 僕は、渾身の力を振り絞ってその場から逃げ出した。 ーーなんや、あいつ!頭のヤバい奴やん!こちらを向いた時の顔が、とても綺麗に整っていて、まるで人形みたいやった。感情が感じられんくて、めちゃくちゃ怖いっ! 人を斬った現場を見られたのだから、あいつが僕を追いかけてきてるんじゃないかと怖くて、後ろを振り返らずにひたすら走った。 もう息が続かないってくらいに苦しくなって、やっと足を止める。 膝に手をついて荒い息を吐き、恐る恐る振り返ろうとしたら、いきなり肩を叩かれた。 「うわぁっ!」 僕は叫び声と共に飛び上がり、勢いよく振り返る。 僕の目の前に、不思議そうに首を傾げた旭が立っていた。
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