第一章

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おじさんの仕事が終わると車で家に帰り、遅くなったからと二人は出前を取った。 本当は、帰りにどこかで食べいこうと言ってたけど、僕の体調が戻らないから真っ直ぐに帰って来たんだ。 出前も僕は食欲がないからと遠慮して、帰るなり二階に上がり、部屋着に着替えてベッドに潜り込んだ。 直ぐに旭が追いかけて来て、ベッドの側の机に水のペットボトルを置く。 「乃亜、他にも欲しいもんがあったら言えよ。何も食べなかったら元気にならないだろ」 「うん…。じゃあプリンとあんパンが食べたい…」 「わかった。買ってくるから寝てろよ?」 ベッドから旭を見上げて頷くと、いきなり旭が身体を屈めて僕の額に唇を押しつけた。 そして何事もなかったかのように部屋を出て行く。 ーーえ?ちょっと待って。え?今、僕にキスしたよな?だって、感触が残ってる…。 旭の唇が触れた箇所に手を添える。 あのむせかえる甘い匂いが鼻に残って、いつもなら点滴をすれば楽になる身体が、ずっと重くて気持ち悪い。 だけど旭のキスが衝撃過ぎて、身体中の体温が上がって、心拍数も上がって、僕の中が幸せで満たされて、気持ち悪さが薄れた気がする。 顔が熱くて少し落ち着こうと、水を飲む為に身体を起こした。 ペットボトルを取ろうと伸ばした僕の手に、ポトリと何かが落ちる。 ーーなに?…あ! 僕の手の甲に、一滴二滴と鼻血が落ちて、赤い点々が増えていく。 ーーやば…。興奮したからかな。 もう片方の手でティッシュを取り、手に落ちた血を拭き取り鼻を拭く。 暫くティッシュを丸めて鼻に詰め、もういいだろうと抜いて、鼻をすすった時に気づいてしまう。 いや、本当は、今日のあの現場を見た時からわかっていたんだ。だけど、気づかないふりをしていた。違うんだと思いたかった。 でも、僕の血の匂いを嗅いだことで、もう認めなくちゃいけなくなった。 僕の身体に流れる赤い血は、むせかえる甘い花の匂いと同じ匂いがする。 重い事実を受け止めて沈んでる所へ、旭が戻って来た。 薄い布団を頭からすっぽりと被った僕に、そっと触れる。 「乃亜?寝てるのか?あんパンとプリン、買ってきたぞ」 旭が、布団をめくって僕の顔を覗き込んできた。黙って暫く見つめた後に、優しく笑う。 「どうした?泣きそうな顔をして。俺がいなくて寂しかった?」 「な…っ、何言ってんの?さ、寂しくなんかないしっ。中々しんどいのが治らへんなぁ、って思っただけや」 「そっか。残念。俺は寂しかったよ」 「…え?」 「ほら、少しでもいいから食べな。俺も下で食べてくるよ。それか、食べさせて欲しい?」 「…え?あ…、大丈夫やから。自分で食べる…」 「うん。すぐに戻って来るけど、何かあったら呼べよ?」 僕の頭を撫でて、旭が出て行く。 旭はいつも僕に優しい。 だけど今日は、いつもにも増して優しい気がする。 旭を心配させて悪いなぁという気持ちがあるものの、心配されることが嬉しくて、暫くは元気にならなくてもいいや…なんて思いながら、いつまでも旭が出て行ったドアを見つめていた。
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