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「まぁでも、ひょっとしたらって思ってたけど、本当にそうだとは思わなかったなぁ」 「あまり余計なこと言わないで」  会長を優しく注意しながら、彼は白い箱からケーキを取り出し、これまた高そうな食器に乗せて、私たちに手渡してくれた。会長が「すっごーく、美味しい」とケーキの魅力をたった一言で、他のお客さん、特に女性のお客さんに伝えたのに、匡矢は顔を上げなかった。一体何が終わったら起きてくれるんだろう。その何かは、その時が来たら分かるだろうと話の続きを促す。 「ひょっとしたらって何、ですか?」 「知りたい?」 「ちょっと、言わなくていいから」  珍しく怒ったように彼が止めると、会長は口元を手で隠した。それでも、指の隙間からにやにやしているのははっきり見える。  何を面白がっているのか、大体察しがつく。これから私がやることを知ってて、会長は他人事のように楽しんでいるんだろう。甘いケーキを押しつけるように口に入れて、ため息と緊張を飲み込む。  会長は、確かめるべきだと言った。このお店と彼のことを聞かれて、私は彼のことをほとんど知らないから答えられなかった。そしたら、自分の気持ちと、その人の気持ちを確かめた方がいい、確かめるべきだって。きっと色んな事がたくさん分かるからって。それで、見届けたいからその人に会わせてほしいって。匡矢も、元恋人で友達の自分が見極めたいと言っていた。  二人とも真剣だったから信じて連れてきたのに、匡矢は寝ているし、会長に至っては手伝う気ゼロで、ただただ面白がっている。それなら、私が気づいていないかもしれない恋なんか放っておいて、ケーキを食べたらさっさと帰ってくれればいいのに。私は、一人でも大丈夫だから。ブラックコーヒーはまだ飲めないけれど、大切な人と向き合えるようになったから。  ほとんど吸い込むようにケーキを食べ終えて、口をつけていない匡矢のコーヒーを勝手に一口飲む。ブラックコーヒーだということを忘れていた。けれど、ケーキのクリームが砂糖の代わりになってくれて、苦みは半減された。  胸に手を当てて、小さく息を吐き、彼を見上げる。奥の部屋を指差すと、彼はゆっくり頷いて、いつものマグカップをお盆に乗せ、いつも通り紳士的に部屋まで案内してくれた。
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