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『離したくない』
って、言ったよね。
社食から研究所への移動中、和泉さんの声がよみがえる。
憂いを帯びた眼差し。寂し気な微笑み。
繋いだ手のぬくもり。自嘲気味な言葉。
会えなかった十何年かの間に、和泉さんに何があったんだろう。
眩しかったあおくんの笑顔を曇らせたのは何なんだろう。
研究室に入ろうとすると、内側からドアが開いて出てきた人とぶつかりそうになってしまった。
「…わっ」
「あ、悪い」
出てきたのは和泉さんで、すごく急いでいるようだった。
「家に戻ることになった。お前、今日は広報に行ってろ」
言い終わると、振り返らずに小走りで行ってしまった。
その後姿を見えなくなるまで眺めていた。
麻雪さんに何かあったのかな。
璃乙くん大丈夫って言ってたけど、大丈夫じゃなかったのかな。
心配する気持ちは嘘じゃないのに、心に風穴があいたみたいにスースーする。
『あんなに慌ててるイズミくん、初めて見た』
それは、麻雪さんが知らないだけだと思う。
麻雪さんに何かあったら、それこそ矢も楯もたまらず飛んでいくんだろう。
自分の手のひらを広げて見た。
そもそも始めから、どこにもつながっていない。
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