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ジンジャークッキー 4
昨日の雨がウソみたいに、今朝は晴れて空が高い。
肌を刺す冷気を少しでも遮るため、マフラーを鼻まで上げる。
いつもよりも早い朝。
駅までの道とは反対の方に歩く。
足取りは重くない。
目的の家の前で止まると、家から出てくるのを待ち伏せる。
玄関のドアが開いて、姿が見えた。
背の高いイケメンが白い息を吐きながら俺の名前を呟いた。
はっきり聞こえなかったけど、間違いない。
「圭。」
俺は真っ直ぐ、修吾の顔を見てマフラーから口を出す。
「おはよっ。」
修吾は長い脚であっという間に俺の前まで来ると、同じように挨拶をした。
「おはよう。」
真っすぐ、少し上にある修吾の目を見て話す。
「修吾。俺さ、陽菜には修吾しかいないって思ってる。でも、何か、素直になれなくて、嫌な態度とって。ごめん。」
修吾の顔が泣いたような笑顔になった。
「陽菜の事、頼んだぞ。」
娘を嫁にやる父親の気持ちって、こんなのかなって思った。
「ありがとう、圭。」
修吾はそれだけ言うと、俺の肩をポンポンとたたいた。
子供の頃からの仲直りの合図。いつも、俺が修吾に謝る。それも変わらない。
駅のホームで陽菜を見つけた。
陽菜も、俺たちが一緒なのを少し驚いた様子。
俺も成長したんだよ。
心の中で陽菜に言う。
「圭がギリギリじゃ無いなんて、珍しい。」
何だよそれ。
「何だよそれ。驚くところ、そこじゃないだろ。」
いつもの様に三人で笑う。
やっぱり、これがいい。
学校の最寄り駅から学校までは徒歩10分。
三人で歩いていると、前に杏奈ちゃんを見つけた。
「杏奈。おはよ。」
陽菜が、小走で駆け寄って声を掛ける。
「陽菜ちゃん、おはよう。」
陽菜の声に立ち止まった杏奈ちゃんが後ろを振り返る。
「おはよう。圭君、修吾君。」
「おはよっ。」
「おはよう。」
笑顔で挨拶をする杏奈ちゃんの顔が、何だかいつもと違って見える。
俺は、陽菜と並んで前を歩く杏奈ちゃんの真っ直ぐで黒い髪の後頭部を見ながら修吾に聞く。
「なぁ、杏奈ちゃんって、雰囲気、変わった?」
俺の問いかけに、修吾は不思議そうな顔をした。
「どんな風に?」
「何か、大人っぽくなった感じかな?」
見えてるのは、小さな後姿だけだけど。昨日とは感じが違う。
「そっか。圭は大人の女がタイプだもんな。」
修吾の思いもよらない言葉に、俺は修吾を凝視した。
修吾は可笑しそうに笑うと、勢いよく肩を組んできた。
「大輝に先越されないように気を付けろよ。」
耳元でそう言うと、また可笑しそうに笑って俺を見た。
大輝?
どういう事だよ。
「どういう事だよ。」
修吾に向かって詰め寄ると、陽菜たちが俺たちを振り返る。
「何してるの?」
陽菜が俺に言う。
小首をかしげて俺を見る杏奈ちゃんと目が合う。
悪戯が見つかった時のように、心臓が跳ね上がる。
そんな俺を見て、また修吾が笑う。
「何でもねぇーよ。」
修吾の腕を小突きながら言って、横を向く。
何だよこれ。
いつもと違うのは、俺の方なのか?
何でか、心臓がドキドキしてきた。
視線が、小さく揺れる杏奈ちゃんの後姿へと勝手に吸い寄せられる。
いつもの4人で登校してても、昨日の俺たちとは違う。
あぁそうだ。杏奈ちゃんが俺たちを元に戻して、変えてくれたんだ。
俺たちには大切な存在が、また増えた。
とりあえず、今はそう言う事にして。
後で修吾に聞いてみよう。
俺はどこが変わったのか?
杏奈ちゃんは、どうして大人っぽくなったのか?
俺の事は大体全部、知っているのは修吾と陽菜だから。
完
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