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ジンジャークッキー 1
「この週末各地でセンター試験が行われますが、天候は荒れ模様になる予想です。路面の凍結など、足元には十分、お気を付けください。」
朝の天気予報で、気象予報士がそう言っていた。
確かに、パーカーとマフラーだけでは寒い。
センター試験はもうすぐなんだな。って他人ごとに思えるのも、今だけだろう。
俺、三井圭は、元気が取り柄の高校1年生だ。
外の寒さに首をすくめると速足で駅へと向かう。途中、路肩の土に霜が降りているのを見つけると、足で踏んづけて、ザクッ。っていう感触を楽しむ。子供頃から変わらない、冬の習慣だ。
駅までは徒歩10分。
今日は良く晴れている。それだけで、良い一日になりそうだ。
「おはよう。」
「おはよう。圭、寝ぐせ、ついてるぞ。」
いつもの駅のホームので、幼馴染みの中島陽菜と岩井修吾が俺を見つけて声を掛けてくる。
「おはよっ。今日の寒さ、ヤバくない?」
頭を抑えながら、二人の側に行く。
「放射冷却だね。」
修吾が難しいことを言う。背の高い修吾を見上げて変な顔をしていると、陽菜が説明をする。
「夜に地面の温度が放射されて、空気が冷やされて気温が下がるの。」
「放射冷却ぐらい知ってるよ。」
俺が言い返すのと同時に電車が来た。
陽菜と修吾は頭がいい。俺が同じ高校に通えているのは奇跡に近い。
去年の今頃は、二人と同じ高校に行きたくて、必死に勉強していた。
今年は、陽菜の弟の大輝が一年前の俺と同じ状況で、頑張っている。勉強は教えられないけど、合格を心から祈っている。
そう言えば。
「そう言えば、陽菜、もういいのかよ。」
「何が?」
電車の中はほど良く混んでいて、俺たち3人は立ったまま揺られている。
「学校では他人のふり。」
今更ながら気になったので聞く。
中学に入学してすぐ、陽菜が学校では話しかけるなと言ってきた。思春期で色めきだっている奴らが、イケメンの修吾と、運動神経抜群の俺との仲を噂して、陽菜を困らせていたのが原因だった。そう言う陽菜も、背が高くてショートカットだからか、女子からも人気があって、よく手紙とか貰ってたな。
「あぁ。高校生だし、もういい。杏奈もいるし。」
あんなに嫌がってたのに、そんな理由で終わりになってたのか。
修吾は俺たちの会話を微笑ましそうに聞いている。
「修吾は気にならなかったのかよ。」
納得できなくて、ちょっと修吾に八つ当たり。
「陽菜がいいなら、それでいいじゃん。それより、圭は今頃になって気付いたのかと思って。」
「もっと前から気付いてるよ。」
悔し紛れに言った。
学校の最寄り駅から学校までは徒歩10分。
三人で歩いていると、前に杏奈ちゃんを見つけた。
「杏奈。おはよ。」
陽菜が、小走で駆け寄って声を掛ける。
「陽菜ちゃん、おはよう。」
陽菜の声に振り返って立ち止まったのは、クラスメイトの小川杏奈。
高校生に入って陽菜が新しく友達になった。小さくて、白い。料理上手な女の子だ。
「圭君、修吾君。おはよう。」
追いついた俺たちを見て、挨拶をする。
「おはよっ。」
「おはよう。」
俺と修吾も挨拶をして、四人で学校に向かう。
いつから、こんな風に四人で登校するようになったのかと、電車での会話を思い出して、記憶を探る。
高校生になってクラス割を見て驚いた。
三人が同じクラスになるなんんて、中学では一度も無かったから嬉しかった。
でも陽菜は中学と一緒で学校では口を利こうとはしない。
修吾は気にする様子も無く、涼しい顔で他人のふりをする。俺は陽菜が気になって仕方ないって言うのに。
でも、そんな関係を崩したのは陽菜の方だったはず。
あれは、GWの辺り、高校に入って初めて弁当を忘れた日だった。
気付いたのが遅かったから、購買に残ってたのは俺の苦手な甘いパンばかりだった。空腹の勢いで食べられるかもと思って買ったけど、どうも気が進まない。そんな俺に声を掛けたのは陽菜だった。教室で、クラスメイトがたくさんいる中で。
「杏奈のシフォンケーキなら、三井も食べられるよ。」って。
俺は驚いたけど、陽菜は何でもない顔してた。修吾も、驚いた顔なんてしてなかった。
それ以来、ちょっとずつ、俺たちの関係が小学生の頃に戻った気がする。
毎年恒例の夏休みの宿題会に、杏奈ちゃんを連れてきたのも、陽菜だ。大輝を入れた四人に新しい仲間が加わるのは初めての事だった。
そうだ、あの時に、名前で呼ぼうってなったんだ。
大輝が「杏奈さん」って言ったのがきっかけだったような気がする。そこから、陽菜も学校では「三井、岩井。」じゃなくて、「圭、修吾。」に戻ったんだ。
陽菜が言ったみたいに、杏奈ちゃんが俺たちに加わらなければ、今みたいに一緒に登校することなんて、ありえなかったのかもしれない。
そう思うと、杏奈ちゃんには感謝だな。
最近では、出来の悪い俺の数学や英語を根気よく教えてくれて、勉強でもかなり頼りにしている。
俺は、陽菜と並んで前を歩く杏奈ちゃんの黒くて真っ直ぐな髪の後頭部をみて、心でお礼を言った。
ありがとう。
その日の帰り、自宅の最寄駅でいつもの様に陽菜を待っていると、修吾が真面目な顔で言った。
「俺、陽菜の事、好きなんだ。」
何だ、いきなり。
「そんなの、俺だって好きだよ。」
俺の言葉に修吾は少し困った顔をした。
「陽菜も、俺の事、同じように思ってくれてる。」
そんなの、俺にだってそうだろう。
俺は変な顔をしてたのかな、修吾は笑って、空を見上げた。
「何だよ。」
俺も笑って、修吾の腕を小突く。
「陽菜と俺。付き合うことにしたから。」
さっき笑ってたのがウソみたいに、また真剣な顔で俺の目を見て言った。
俺の笑顔は固まって、どう反応すればいいのか全く分からない。
「圭、そう言う事だから。」
そう言う事だから、って何だよ。
「そう言う事だからって、何だよ。」
修吾につかみ掛かろうと間を詰めたとこに、思わぬ邪魔が入った。
「あー!修ちゃ~ん。」
大輝が修吾めがけて勢いよく突進してきた。
「スッゲーいいとこに居た。理科で教えて欲しいとこがあるんだ。今日、塾のテストで出るんだよ。陽菜ちゃんが帰ってくるまででいいから、教えて。お願い。」
俺が修吾につかみ掛かる前に、大輝が修吾にしがみついた。
「ああ、いいけど。圭⋯。」
笑って大輝に答えてから、困った笑顔で俺を見た。
「俺、今日は帰る。」
大輝の存在は無視して、修吾からわざと顔を逸らす。そのまま、一度も振り返らずに、家まで走って帰った。
そう言う事って、何だよ…。
わけの分からない苛立ちが、体の中でどんどん広がっていった。
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