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どうにかなりたかった
幼い頃、僕はよく田舎の祖母の家に数日泊まりに行っていた。
寝る前に聞かされる怪談が大好きだったから。
どれもこれもありきたりな話ではあった。
ただ、老婆のゆったりとした滑舌の悪い話口調と、
古びた家の何処か線香臭い空気が雰囲気作りにはピッタリだった。
そして幼い頭は、乾いたスポンジのように祖母の話を吸い取り、染み込ませていた。
『実際に、出会ったとしたら』
眠りにつく時にはそんなことばかり考えていた。
「ねぇ、遊ぼうよ」
河原沿いの道を歩いていると、背後から幼い声が聞こえた。
後ろに居たのは見知らぬ子供、男か、女かも判別しにくい子供。
「うん、良いよ」
その子供の誘いを、僕は不思議と受け入れていた。
嬉しそうににっこり笑う子供を見ると、僕も何だか楽しくなった。
草相撲をしたり、河原でチョーク石を見付けて互いの似顔絵を描いたりした。
とても充実した時間だったと思う。
気付けばすっかり日が暮れて、帰る時間なんてとっくに過ぎているようだった。
もう帰らなきゃ、と名残惜しそうに言う僕の声を遮るように
「ねぇ、もっと遊ぼうよ」
という誘いの言葉が覆い被さった。
帰らなくてはいけないのに、でも、僕だって
僕だって
「遊びたい」
その一言だけが口から音となって漏れていた。
子供はまた、にっこりと笑う。だが先程とは少し違っていた。
とても同い年くらいの子供とは思えない、何処か大人びた妖艶さを孕んだ笑み。
僕はその笑みに目が離せなくなり、顔が熱く、高揚しているのを感じた。
煩い鼓動をよそに、差し出された手を取ろうと手を伸ばした。
その直後
「見たらあかん」
滑舌の悪い声が聞こえると同時に、枯れた手が視界を遮った。
何秒間そうしていただろう、暫くして開けた視界に、もう子供は居なかった。
息を切らした祖母の心配そうな顔が、薄暗い中ではぼやけて見えた。
安堵混じりの涙声が何か言っているが、僕の意識は自分の手にあった。
わかったかい?という確認の言葉でぱっと顔を上げ、一言だけ
「邪魔しないでよ」
……その時の祖母の顔を、僕はよく覚えていない。
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