最初からそんなものは居なかった

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最初からそんなものは居なかった

「…………で、この話はおしまい」 そう言い、ふぅ…っと目の前で仄かな暖かさを漂わせる小さな火に向かって息を吐く。 蝋燭の本数が残り僅かということもあり、1つ消えただけで室内の暗さが一気に増す。 「よし、次で99本目だ。意外といくもんだな」 言い出しっぺの友人が楽しそうに蝋燭を自分の方へ手繰り寄せる。 「この話が終わった後、お前らに究極の選択を迫るからな?覚悟しとけよ~」 にやにやと含んだ笑みを浮かべる友人に、良いから早く話せよ、という野次が飛ぶ。 「わかったわかった、俺が次話すのはな、【青行燈】だ」 聞き慣れない言葉に皆が首を傾げる。 「青行燈ってのはな、百話目が終わった後で現れる冥界の案内人らしい。百話終わった後に化け物が出てきてからは皆、99話目で終わらせてたんだとよ。 ……ところで、怪談を話すと実際に霊が寄ってくるって言うよな。お前ら、百話まで終わらせるか?」 それらしい雰囲気を持たせながら99本目の火を消す。 1つだけの火が異様に心許ない。 周囲の表情を伺う。 『興味はある』『どうせ昔の作り話』『せっかくなら最後まで』 『でもやっぱり怖い』 そんな感じだ。 暫しの沈黙が流れる。 「それらしく、昔の風習に乗っ取れば良いんじゃね?」 怖がってくっついてくる女子の頭を撫でながら、隣に居た友人がそう言った。 つまりは99話で止めておこうということだ。 促されたら後はついていくだけだ。 空気が和らぎ、皆が「そうだな」と言い始めた頃 「だめだよ。最後までやらないと」 俺の向かいから聞こえた声だった。 最後の蝋燭を手に取り、光がそいつの方へ動く。 普段は優しく気が利く奴なのに、どうして今日に限って空気が読めないんだ。 「百物語なんだから、もやもやしたまま終わらせたくないでしょ?」 悪意の無い顔で笑うそいつを止めようとしたが、違和感がそれを躊躇わせた。 友人が立ち上がり、そいつに歩み寄る。 「おい、止めろよ!女子怖がってんだろ?お前今日おかし、い………?今日……え…………?誰だ………?」 違和感が鮮明になった。 そうだ。 あれは誰だ? 近付いた友人を見上げ、にっこり笑う。 「青行燈ってね、百話目が終わった後だけじゃなくて、百話目が近付いた時にも現れるんだよぉ」 知ってるような口振りだ。 そいつの持ってる火が風もなく揺らめく。 脳内で危険信号が鳴り出す。 洋室の筈だが、そいつの背後にはいつの間にか襖があった。 逃げ出そうにも脚が震えて動かない。 「仲間を呼び寄せたり、人間を"こっち"に連れていっちゃうんだよ」 それが合図かのように襖が大きく開く。 女子の叫び声が遠く聞こえた。 襖の奥は何とも言えぬ禍々しさがあった。 何でも無いようにそいつは立ち上がり、襖の前から退く。 「ごめんね」 最後の火が静かに消えると同時に吹いた、引き込まれるような強い風を肌に感じたのを最後に、俺の意識は途絶えた。
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