忍ぶ草

2/3
前へ
/3ページ
次へ
「新旧の移り変わりの刻にはね、入れ替えってのが必要なんだ。  新しいものを買った後、置き場に困れば不要なものを捨てるだろう?   宮でも同じ、それが人でも物でも変わらぬ」  小舟が静かに横切って、地平線をなぞっていった。黒い雲の切れ間から差し込む橙色の夕陽は、黄昏時の湖畔にあの世の橋を架けるように幾重も降り注ぐ。船の向かう先、孤島を、じっと睨む宮の男は、背後でオールを漕ぐ船人を振り返ろうとはせず、その背で語る。 「古いものを捨てる口実は、政治のやっかいものでしたか」 船人はゆっくりと波を立てながら、静かに問う。宮の男は大きくうなずき、「宮の全盛期を作った俺は、次の時代には政治犯にされた。世が移ろうってときは今後もそうなるんだろうさ。過去が悪けりゃ、今がいい。そういうもんさ」 けどなぁ、と宮の男はがっくりと頭を垂れた。 「昔の方が、よかったと思えてならん。そりゃぁ俺が未練がましい男だってことか?」 船人はしばし黙り込んだ。そしてだいぶ、オールを三つも漕いだ後、 「未練がましいのは確かでしょう」とぼやいた。 「そうでもなければ、流刑先の孤島に元愛人の私を連れようなどと思わないでしょう」 宮の男は肩越しに振り返る。船人は凜とした表情であった。 「ならば、俺の誘いに乗ったおまえはどうだ? 未練がましいのは互いだったろ?」  船人はついと目をそらした。複雑そうに歪める顔が少しずつ火照る様を眺めながら、宮の男は高らかに笑い、再び前を見た。 「まぁいいじゃぁねぇか、ここから先は孤島で生涯二人だけだ。語る時間はいくらでもある。世の目の届かぬ軒下で、忍び草を食もうかね」 流刑に処された政治犯は、宮から士へと移ろう時代の最後の人だった。  富も家族も置きざりにして船に乗りこむその手には、一房の忍草が握られていた。  それが何を揶揄したか、知るのは船人だけだった。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加