雪降り

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 看護師さんに起こされて目を覚ました。もう窓の外は暗くなっていて、時計の針は5時を過ぎていたが、まだ夕食の時間までは少しあった。いつもなら看護師さんだけが来て夕食を運んでくれるのに、今日は担当医のお医者さんも来ていた。  「今日は明日の手術の説明に参りました。行うのはガンの摘出手術です。」  それからお医者さんはいろいろと説明をしてくれた。手術の手法から使う器具、安全性と危険性、これまでの事例なんかを教えてくれた。最後にこちらからの質問を丁寧に全て答えてくれて、お医者さんとの話はおしまいとなった。それから、夕食を食べて看護師さんがお盆を下げてくれた。ほどなくして家族がやってきた。手術についての説明は数日前に僕と同じようなことを別室で受けて、今日は平日だったから用を終わらせてすぐに駆けつけてくれた。明日は手術が始まる前から病院にきてくれるらしい。ほどほどに話を終えると面会時間が過ぎてしまったので、家族は明日来るよ、といって帰ってしまった。病院全体も消灯時間が来てしまって、真っ暗になった。眠くもない僕も次第に眠くなり、知らぬ間に眠りについていた。  長い間、勤めた職場を退職するときも雪に振られていた。大学卒業のタイミングで新卒採用してもらった会社で退職までずっと勤めていた。入った時は平社員から始まり、退職する頃には課長職までのぼっていた。先輩に仕事を教わり後輩に仕事を教えて、気が付くとある程度の地位を得て尊敬を受けるようになった。自分にあった職業だったから、いつまでも仕事を苦痛に感じることはなかった。そんな仕事と別れる日はあっけなかった。退社日までに仕事を引き継ぎ、荷物をまとめ、当日は身一つで会社に挨拶のためだけに出勤していた。ガンが発覚して、長い闘病生活が必要になり復帰を考えると退職が妥当だということになった。朝に出勤して朝礼の時に全員の前に呼ばれた。挨拶を告げると会社のみんなからということで花束を受け取った。社長から言葉をもらって僕はもう一度、別れとお礼を表明した。朝礼が終われば自分以外の社員はいつも通り通常業務に移って黙々と仕事を始めた。僕は花束を抱えたまま、会社を後にした。会社の受付を抜けて建物の出入り口となる自動ドアの前まで行く。自動ドアが僕の動きに合わせて道を開いてくれる。外は吹雪いている。流れる雪が積もらず溶ける。自動ドアから駐車場まで歩く。寒さを感じて車に乗った。  目を覚ますと窓には霜が降りていた。外の色は真っ白でその寒さが見ただけで伝わってくるようだった。  「外は寒そうですね。」  僕は結露を手で拭って取り払った。  「雪が降りましたね。」  看護師さんはその日、何も言葉を返してはくれなかった。
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