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 窓から、夕陽のオレンジが差し込む。ガラスのドアに映る真っ赤に腫れたまぶたを気にしながらカイリさんに頭を下げた。 「今日は、パンを焼いてくださってありがとうございました。それから、あの、恥ずかしいところをお見せしてしまい、申し訳ありません」 「いや、気にしないでくれ。俺こそ、気の利いた言葉のひとつもかけられず、すまない」 短い黒髪をがしがしとやりながら、すまなそうに見下ろされる。頬を赤くすることもなく、瞳に気遣いの色を浮かべているカイリさんを見上げて、このひとは本当に穏やかなひとなのだと感じた。 妖界というのは、強力な鬼の一族が長年支配しているお陰で大きな戦争も起きていないと城で講義を受けたのを思いだした。ひととおりの世界のあらましを習ったはずだが、あの当時はまるで別の次元の世界のお話だと思っていた。わたしには、青の城で過ごす毎日だけが現実だったのだ。 あの話は、鬼の一族であるというカイリさんの世界のことだったのだろう。けれども目の前にいるのは、強力な力を持っているというよりは、照れやさんで真面目でそして、とても優しい鬼だった。 昨日は勢いでお店をあげる、みたいなことを言っちゃったけど、ほんとうにカイリさんが一緒にしてくれたら良いのに。 「カイリさん、明日はこのノートのなかにあった、ちょっと違った味のパンを焼いてみませんか?」 「ああ、中に具材の入ったものや、甘い生地などたくさん載っていたな」 「お店に材料がないから街に出て買い出しにいかなければならないので、明日は、お昼くらいに来ていただけるといいのですが」 そうしたら、焼き上がったものをおやつにまたお茶ができますね、と伝える。 「あ、ああ。そうだな。うまく焼けるよう、努力しよう」 また耳を赤くしてそっぽを向いてしまう彼に、食べ切れないからと一緒に焼いたパンを袋に詰めて渡す。 恐縮しながらオレンジ色の夕陽に向かって歩いて行く大きな背中を、再びぽわんとした気持ちで見送った。
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