イリヤのはなし

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「当たり前だろう。兄さん、貴方はそうでなくとも速いんだ。少しは加減してくれ」 はぁはぁと息を切らしながら膝に手をつく。屋根の上なんて、久しぶりだ。ちょっとは景色を楽しみたいが、そんなことより今は兄に聞きたいことがあった。 「なんで、わざわざあんなことを言いにきた?初めから彼女が精霊族だと分かっていたんじゃないのか?」 「ここに来るまでは知らなかったって。店入ってすぐ気づいたが」 「正体隠して暮らしてんのかと思ったから、カマかけたんだ。けど、きょとんとしてたな」 「あっ、当たり前だろう!彼女は初対面ですぐ精霊族だと話してくれたし、王族だとも打ち明けてくれたんだ。やましいところなんてひとつもない。人間界にだって、誰かに送られてきたと言っていた」 「王族なのか、どーりであの物腰……。おまえ、彼女の詳しい事情知らねーのか?」 ずいっとイリヤが顔を近づける。今までのようなからかいを含んだ調子と違うことに戸惑いを覚えた。 「そ、こまでは、知らない。精霊界の話題が出ると、少し過敏に反応するのでそっとしている」 「それ、モロに訳ありってことじゃねえのかよ?まいったな……。本気で心配になってきたじゃねえか」 後頭部をがしがしと掴みながら、イリヤは空を仰いだ。 「俺は別に#精霊界__あっち__#の揉め事なんざ興味はねーんだ。勝手に潰しあっときゃいい。けどな、さっきも言ったが、俺の仲間や身内が厄介ごとに巻き込まれて傷つくのは勘弁ならねえんだよ」 俺を睨みながら、低い声で続ける。 「俺の店に来た奴らは、兵士っぽかった。やたらと口が固くて、オンナを探してるとしか言わねえんだ。それが人間か精霊族か鬼か、それこそ王族かもわからねえ。だがな、あっちの世界がゴタついてんのは間違いねえ」 「だから、もし、リエルがその追われてる女だとしたら、とっとと店を辞めるんだな。わかったか、カイリ」 彼は厳しい表情で、そう締めくくった。俺も、同じようにイリヤを睨みながら答えた。 「もし、仮に彼女がなにか困っていると知って、俺は放っておくことなどできない」 「自分がとばっちり食ってもか?」 「当たり前だ。彼女の店で働かせてもらっている。感謝しているんだ」 こんな、強面の愛想のない俺を、私も同じです、と言って。やっと、二人とも少しずつ自信が持ててきたのだ。お前なぁ!とイリヤは口を尖らせて、 「そーゆー頑固で生真面目なとこ、ほんと厄介だぜ」 とぼやいた。眼下の街並みを眺めてふうっとため息をつく。 「ま、あの子がここにいるのはただの王族の気まぐれかも知れねえしな」 「そうに決まってる」 そう言いながらも、彼女の涙や、取り乱した様子を思い出してすこしだけ、不安になる。 「とにかく、俺はお前が傷つくのは許せねえから。家族なんだしな」 ま、俺もちょっと調べてみるわ、と上等なマントの裾を翻してイリヤは屋根を降りた。じゃあな、と軽く手を振って歩いていく兄を複雑な気持ちで見送った。
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