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「休み?店をか?」
「はい、私たち、よく考えたら1日もお休み取っていません。…本当にごめんなさい。カイリさんもお疲れなのに」
わたしは本当にまだまだだ。自分はともかく働いてくれているカイリさんにすっかり甘えてしまって、お休みがなかったことなど気づかなかったのだ。
「お兄さまも、たくさんお話ししたかったでしょうに、申し訳ありません、至らないことばかりで」
「いや、イリヤはもういいんだ。次の仕事に行ってしまった」
「そうなのですか。お忙しい方なのですね。……でも、やはりお休みは必要です。毎日来ていただいてたのですから、一週間くらいお休みして頂いてもぜんぜん、大丈夫です」
食器を片付けながら、彼に伝える。定休日も作らないといけないよね、何曜日にしようかな。
「いや、さすがにそれは…」
「あ、お給料はもちろんお支払いします。有給休暇、というのがあるのは承知しています」
「確かに、適度な休みは必要だ。俺にももちろん貴方にも」
カイリさんはなぜか、あまり嬉しそうにしてくれない。
「でしたら、とりあえず明日はお休みにします。もう、決めました」
「……承知した。貴方が決めることだ、店長」
ちょっとふてくされたような返事をして、彼は厨房へと大股で戻る。戻りかけて、わたしを振り返った。
「休日、感謝する」
「…はい。好きなところに行くとか、気になってることをやるとか、なんでもして過ごしてくださいね?」
「考えてみよう」
なんだか煮え切らない返事だなと思いながら彼を見送る。そういえば、とうに休憩時間は終わっていたのに、珍しく誰一人お客さんが来なかった。外に出てみると、『屋根づたいに走り回る謎の影』があちこちで目撃された、ということで軽く騒ぎになっていたようだ。さっきのイリヤさんとカイリさんのことだろう。戻って彼に伝えると、「まったく…あのひとは」と呟くカイリさんがまた、かわいらしくみえて困ってしまう。
とりあえず明日のお休みにはこの歪んだ陳列棚を新調しよう。きっとカイリさんも喜んでくれるはずだ。
そう決めて、ひとり頷いた。
✳︎✳︎
「おはよう、店長」
「おはようござ、あれ?カイリさん?どうしました?」
翌日、いつもより少しだけゆっくりと起きてから下へ降り、棚のサイズを測っていると表のドアが遠慮がちにノックされた。クローズのプレートと、本日お休みしますの札を持って慌てて外に出たら、立っていたのはカイリさんだったのだ。
「あれ?なにか忘れ物ですか?」
おはよう、と恥ずかしそうに挨拶する彼に尋ねる。相変わらず薄いマントに綺麗なブローチが光る。
「いや、その…。貴方は、この休日好きなことをしてくれと言ってくれただろう?」
「はい、言いました」
「俺は、ここでパンを焼いたり、メニューを考えたりするのが好きなんだ。だから、その」
彼は困り果てたようにわたしを見る。
「朝起きて、走り込みを終えたらすることがなくなってしまった」
「あっ…。そうなんですね、でも…」
「それに、好きなところへ行っていいとも言った」
「ええ…、でも」
返事をするまもなく早口で続けるカイリさん。
「だから、好きな場所へ来た、んだ。この店は、自分の宿屋なんかより、よっぽど安らげるところだ。こんなこと、変だろうか?」
目を逸らして決まり悪そうに頬をかく彼に、ぶんぶん首を振って、
「いっ、いいえっ!いいえ。変だなんて、そんなこと絶対ないです。素敵なことだと思います。好きな場所があるって、とってもいいです。それがここのお店で、ほんとうに、嬉しいです」
ありがとうございます、と頭を下げる。だから、カイリさん昨日あんまり嬉しそうじゃなかったんだ。そっか。
わたしと、一緒だ。
「休日だが、厨房を借りられたらと思ってやってきた。それか、人手が必要ならなんでも手伝う」
「厨房はどうぞ、ご自由に使ってください。お掃除もしてありますし、あ。でも」
「どうした?」
「……あの、わたし、今日陳列棚を変えようと思ってるんです。なので出かける予定なのですが、」
「ぜひ!俺も同行させてくれ!あ、いや、貴方が良ければ、だが」
「一緒に行って頂けると、とても助かります。けれど、お約束があります。守ってくださいますか?」
「なんなりと」
彼は皇族らしく恭しく頭を下げる。
「今日はお休みなので、「店長」はやめてください。前みたいに、ちゃんと名前を呼んでくれたら、嬉しいです…」
「…承知した」
また、お店の温度が上がっちゃった。
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