二人の休日

3/6
273人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
 ぱちりと目を開ける。窓の外で、小鳥が能天気に唄を歌っていた。隙間から差し込む爽やかな光に否が応にも朝を意識させられて、しかたなくベッドから這い出した。 城にあった優美なラインのドレッサーとは程遠い、簡素な鏡台の前に腰掛けて、洗いたての顔を映す。初めの頃の生白い肌と比べると、最近はずいぶん血色が良くなった気がする。わたしは傍らのブラシを手に取り、亜麻色の髪をとかしはじめた。と、そこまでで朝のルーティンは途切れてしまった。だって。だって。 露わになったおでこに、まだ、カイリさんの唇の感触があるんだもの。そっと、頭を抱き寄せられた大きな手のひらも。考えれば考えるほどどきどきして、恥ずかしさで逃げ出したくなる。 お礼を言えたのも、自分がなぜ人間界に来たのかも話せてよかった。けど、それとはまったく別の、ふわふわした気持ちがどんどん大きくなる。それをもてあましつつ、ブラシを握り直した。 ✳︎✳︎ 「おはようございます、カイリさん」 「おはよう、店長」 厨房に入っていくカイリさんは、びっくりするほど普通だ。私はあれから、普通にできるようにたくさん頭のなかで練習したのに。ほんとうは火が出るほど恥ずかしいし、気持ちがむずむずしてしまう。 ちょっとだけ物足りない気持ちで、朝の開店準備を始めた。 「カイリさん、あの、今日はお世話になっている管理組合の方と、酒場のおじさんにお礼のご挨拶をしてこようと思うのですが」 厨房で忙しくしている彼を邪魔しないように、そっと顔を覗かせる。生地と格闘している彼の背中は力強くリズミカルに揺れて、見ていてとても楽しい。わたしはもう一度、彼に声をかけた。 「カイリさん」 「っ!な、なんだ?」 振り向いた彼に、出かけることを告げるとしどろもどろに返事をするだけで、見ればいままでいちばん耳や首すじが赤い。なんだかいたたまれない心地になってしまう。 「ご挨拶に、いってきますね。少しだけ今日はお昼の時間が遅くなるかもしれません」 「ああ、前から行こうと言っていた件だな。わかった」 お互いあまり目を合わせられないまま、開店の時間を迎えた。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!