二人の休日

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「おやまぁ!悪いねわざわざ。お礼なんていらんのに」 酒場のおじさんはつるりとした頭をぽりぽりかきながら、苦笑いした。 「いえ。宣伝していただけたおかげで、なんとかお店も起動に乗れそうなので。こちらで話を聞いたという方も来店してくださっています。ほんとうにありがとうございました」 「いやいや、あんたらのトコのパンが美味いからだよ、それは。あまり気負わなくていいんじゃないかい?」 にこにことしている店主の様子をみて、やっぱりカイリさんは考えすぎだったんじゃないのかな、と思えてきた。 「あの、おもったんだが、あの酒場へは俺が行こう」 「え、どうしてですか?」 出かける直前に彼が声をかけてきたのだ。ずいぶん迷っていたようで、 「いや、その、あの店主は貴方を珍しそうにみていたし、その、気になって…」 「そうでしたか?そうだったかな…?」 人間界では、瞳をまじまじと見られることはたまにあった。こちらにはあまりない色味なのかもしれないけれど、私はそこまで気にしていなかった。街の人に、この街に、あまり興味を持てなかったからだ。けれども今は、しっかりと関わっていきたいと強く思う。 「大丈夫ですよ、きっと。それにきちんとお礼を言いたいんです。管理組合のことも教えていただけたし」 「ま、まあ、そうだな。それはそうだが」 「じゃ、行ってきますね?なるべく早く帰ってきますが、お昼は先に食べてください」 そう言ってドアを開ける。強い風が吹き込んでドアベルを荒々しく揺らした。わ、と思わず髪を押さえる。 「いや、待っている。一緒に食べよう、ふたりで」 後ろから伸びてきた腕がドアを力強く支える。低く、なめらかな声音にまた胸をぎゅ、とつかまれた。 「は、い…」 小さく頷くしかできなかったさっきのことを思い出して、目の前の店主に妙な顔をされてしまった。 「大丈夫かい?顔が真っ赤じゃないか。水でも飲むか?」 「あ、だ、大丈夫です。すみません…」 「しっかし、やっぱりアンタ、その瞳かわってるっていうか、綺麗な色してるんだねえ」 「ありがとう、ございます」 店主はカウンターに寄りかかり、箒を振り回さんばかりにして話しだす。 「ここからでも見えるよ。や、そういえばさうちの娘のこども、俺の孫がね」 彼の話は延々続く。親戚の瞳の色、髪の色などひとしきり話し終えると街の話へと移っていく。 「だからね、酒場の連中も最近は噂話が多すぎてなにが本当かわからんもんだなってさ。屋根を走り回る大男なんて、いるもんかね?馬鹿馬鹿しい」 「そう、ですね」 「青い目の娘が美味いパン屋を始めたって言やぁみんな、美味いパンて、どんな風だって聞いてくるもんだろ?なのにそいつらは、ほんとうに青い目なのか?どんな娘だってパンそっちのけでそんなことばっかり聞いてくるからさ、うるせえ下品な目的で行くなら場所なんか教えねえよって言ってやったんだ」 「……え、」 「なんだか物々しい服装で嫌な目つきの奴らだったよ。店には来なかったかい?」 「はい……」 「あー、ならよかった。店がわかんなかったんだな、ザマァみろだ。ま、アンタにはあの兄ちゃんがずっとついてんだろうから」 安心だよな、と人の良さそうな感じで顔をくしゃくしゃにして笑った。そのあとすでに他の話を始めてしまい、それ以上詳しく聞くことはできなかった。 不安と疑問をぺたりと貼り付けたまま、管理組合の建物へ向かう。
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