二人の休日

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管理組合の建物を出ると、薄晴れだった空はもくもくとした厚い雲に覆われ始めていた。穏やかな日差しは、冷たく湿気を含んだ風に流されどこかへ消えていた。 酒場を出てから、だいぶ長い時間が過ぎていたようだ。皆さんがあたたかくて、不安な気分を追い払うようについ話し込んでしまったらしい。 「リエルさん、そんなに気を使わなくていいのに!すっごく美味しかったからまた買いに行っただけよ」 「そうそう。子供にも食べさせようかなって思ってね。いろんな種類あったから、全部試したいかも」 「あ、ありがとうございます!伝えておきます」 「今日は彼は一緒じゃないのね。あの大きくてかっこいい職人さん」 数人の女性が、口々にカイリさんのことを話しだす。あの人、すごく背が高いのね!とかとってもキリッとしてて素敵だったわ、とか、褒め言葉の奔流にどぎまぎしてくる。 「貴方の後ろにぴたりとついててまるでナイトみたい」 「あの無骨な感じであんな美味しいパン焼くなんてねえ」 「ほ、本人に伝えます。ありがとうございます」 容姿のことはもちろんだけど(本人はあまり自覚がないようだ)、やっぱり、彼の仕事を褒められるのは嬉しい。お礼を言いつつ自然と頬がゆるんでくる。 年配の女性が、おや、という表情をした。 「あら、リエルちゃん。可愛いく笑うようになってない?」 「わ、ほんと。前にここで見たときは引きつってたのに!顔つき、とっても柔らかくなってる!」 「そ、そうですか……?あまり、まだ上手な笑顔にならないのですが」  「違うちがう、あのね、そういう商売用の上手下手の話じゃないの。顔が柔らかくなったっていうのは、リエルちゃんの気の持ちようが変わってきたから、みんなにもそれが伝わったってことよ」 うんうんとうなずく職員の人たち。 「だんだん、この街にも慣れてきてくれたってこと」 そう言われて、胸のうちが明るくなる。 「こちらこそ、これからもよろしくお願いいたします!」 精いっぱいのお辞儀をして、その場を後にした。いま、見上げている分厚い雲は、どんどんと灰色を濃くしていく。早く帰らなくちゃ降ってきちゃう。 街の中心にある、大きな時計塔に目を凝らした。 確認すると、もう四時近い。風が強くなってきた。歩調を早めて大広場のほうへ向かう。街は、この大きな広場を中心にして通りが放射状に広がっているのだ。 いくつかのお店は雨に備えてか、軒先の洗濯物や看板などをしまいこんでいる。それを横目に急いであるいていたら、ふと、ガラスケースに並んだ小さなケーキが目に飛び込んできた。 わ、あれ、すごく美味しそう。かわいらしくデコレーションしてあるチョコレートのケーキに釘付けになってしまった。急がなきゃいけないけど、あれ、きっとカイリさんも喜びそう。遅くなったお詫びに、買っていこう。 重そうな灰色の雲を睨みながら、菓子店のガラスドアに手をかけたとき、背後から腕をぎゅっと掴まれた。 「みーつけた。青の王女さま」
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