異変

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異変

ガラスのドアを見つめる。時計を見る。また、ドアへ、ドアの向こうへと目を戻す。濡れて黒光りする石畳みにはしとしとと雨が落ちていくだけだ。ときおり強い風が吹いて、雨の膜が横に流れていく。 俺は苛々としながら、再び時計に目をやった。六時近くを指している針を睨んでみても、彼女が帰ってくる気配はない。 厨房へまた、湯を沸かしに行かなければ。ポットの湯はまた、ぬるい水になってしまったはずだ。彼女が帰ってきたときに、寒くないように茶の準備を始めたのは何時間前だったか。言いようのない不安が、首筋をちくりと刺し始める。兄のイリヤの言葉が何度も頭を横切った。 『精霊族の兵士っぽいヤツらがオンナをさがしてる』 あの夜、リエルが自分の身の上を話してくれたとき、なんとも言えない幸せな気持ちになった。出会えて良かったと、本気で思えた。同時に、嫌な予感も湧き上がった。探しているのは、やはり王女なのではないかと。 「くそ!早く帰ってきてくれ、リエル…」 思わず口に出る。同時に、ドアベルがからりと音を立てた。 「リエル!……あ、いや、すまない。今休憩時間なんだが」 ドアを開けたのは、店の常連客の一人だった。 「ああ、ごめんなさいね!濡れてしまったので、雨宿りしながらパンでも頂けたらと思ったの。また、出直すわ」 すまなそうに帰ろうとする女性を引き止める。手ぶらで返してはリエルがいい顔をしないだろう。 「いえ、こちらこそ申し訳ない。今、店長は外出中だが、俺で良ければお相手しよう」 「あら、まだかえってなかった?リエルさん。調子悪そうだったからそれも心配で、見に来たの」 「え」 「雨が降る前だったけど、お菓子屋さんの前で見かけたのよ。男の人と一緒で、兄ですって言ってたわ。すこし気分が悪いから、妹を馬で迎えにきたんですって」 「兄…ですか、どんな…」 心臓を何かに掴まれたように、胸に痛みが走る。全身をどくどくと不安と焦りが駆け巡りはじめた。 「お兄さまもとっても綺麗な人ね?同じ金髪で、馬に乗ったらまるで絵みたいだったのよ。どこかの王子と姫そのものね」 どこかで休んでるのかしらね、と首を傾げる女性を通り越して厨房へ戻り、マントをひっつかんでから俺はドアから飛び出した。
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