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「あ、いや、なんと言ったらいいのか」 「ふわふわ……。現実味がないということでしょうか」 「いや!いや、決してそのようなマイナスなイメージではないんだ。こ、好ましいほうの……」 口ごもってしまった彼を見つめながら、ティーカップを口に運ぶ。今日は蜂蜜いっぱいのレモンティーにしてみた。慣れない世界、知らない店の厨房作業で緊張しているであろうカイリさんに少しでもほっとしてもらえたらと思ったから。何年も毎日のようにやってきたからか、紅茶はきちんといれられる。手が勝手に動くのだ。 彼がいうふわふわしたイメージの自分というのはあまりピンとこないけれど、現実味がないというのは、我ながら的を得ている。 精霊界から逃れてきたことも、家族である王族がみんな命を落としたのだということも、あまり考えたくなかった。幸か不幸か、ここに来てからは精霊界での記憶はところどころが曖昧だ。笑っていたいかさえもわからないくらいなのだから。 「あ、でも。料理したことがないと言いましたが、小さいころに一度だけ、兄弟たちにクッキーとケーキを作ったことがあります。がんばって美味しくできたと思ったんですけど…」 「リエルには兄弟がいるのか、なんだか微笑ましいな」 「ええ。わたしは一番末っ子なのです。はじめは喜んで食べてくれたのですが、だんだんとみんながすごく変な顔になっていきました」 昨日、カイリさんがパンをかじったときのなんとも言えない表情に、兄様たちの姿が鮮やかに重なる。青の一族のお城で、みんなで暮らしていたころのことだ。 「リエル、これはどう作ったの?だの、お前は料理するより、食べるほうが向いている、壊滅的な味覚だの散々言われて、わたしは悲しくなって泣き出しました。今思えば、小さい頃からお料理のセンスがなかったんですね」 「そ、そうか…」 「泣き出したわたしを見て…みんな…っ、大騒ぎをはじめました」 「リエル…?」 「泣かしたのは誰だとかリエルが泣くと父様がうるさいとかリエルはぜんぜんなきやまないからもうヤダーとかみんなでわあわあいうからとうとういちばんうえのねえさまがおこりだして」 息が苦しくなってくる。それでもわたしは続けた。 「りえるがせっかくつくったのにあなたたちがそんなこというからでしょうとどこからかいなずまをよんできてけっきょくみんなでとうさまにたくさんおこられ」 「リエル」 あたたかな感触がわたしの手首を包んだ。 カイリさんの、大きな手だった。ごつごつとして、無骨な男の人の手がぎゅ、と重ねられる。ぜえぜえ言いながら話すうちにいつのまにかぽろぽろと涙が溢れていたのだ。 「す…み、ません…わたし」 「大丈夫だ。ちゃんと聞いているから」 紅茶を飲んだらいい、と彼はわたしを見つめながら、カップを口もとにそっと差し出してくれた。ぬるくなったそれをこくんと飲み込む。蜂蜜のあまい匂いと、そばで、だいじょうぶだ、と続けるひどく穏やかな声音にまた、嗚咽がとまらなくなる。ぽとぽと、ぽとぽとと彼の手の甲に涙が何粒も滴り落ちる。ごめんなさい、とハンカチを取り出そうとすると、彼はそれを制した。 「そんなこと気にしなくていい。もっと泣いても全く問題ない」 君の紅茶はとても美味いな、と言いながらカイリさんはわたしが泣き止むまで何度もぽんぽん、と手首を優しく叩き続けてくれた。
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