53 激安靴下を胸に抱いて

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「ねぇ、本当に行くの?」  煌びやかなネオン、ちょっといかがわしい路地に、時々見かける怪しげなスーツの軍団。 「はい! もちろんです!」  いや、もちろんです、って元気に答えてる場合じゃなくてさ。慶登にはまだこういうとこ早いと思うんだ。  ダッフルコートはもう暑くなってきた三月中旬、春先の装いになったこの人はもう学生にしか見えないし。長袖のTシャツに柔らかいニットカーディガン、ほわほわのマフラーにほわほわの猫っ毛とか、隙だらけすぎるでしょ。こんな路地のとこ入っていったら、頭からバリバリ食べられるかもよ? 「ほら! 保さん! 行きますよ!」 「……はぁ」  そうなんだ、この人、頑固だから。行くって決めたら、行くよね。嵐になろうが槍が降ろうが。  ペット可の部屋を二人で借りた。大野先生の好意でそう慌てなくても大丈夫、むしろ、ちょっと寂しくなっちゃうかもー! なんて、言ってもらえたから、ゆっくり部屋を選ぶことができた。とはいっても、お互いに一人暮らし同士だから、二人で暮らすとなると日々、忙しくて。  ――保さん、ちょっと僕出かけてきます。  ――あぁ、一緒に行こうか? 荷物が多くなるんなら。  ――いえ、大丈夫だと思います! 小さい紐みたいなものですから。  ――紐? 荷物の?  俺はてっきり何か足りないものがあるのかと思ったんだ。ソファを買ったから、それにあわせてクッション欲しいって言ってたし。引っ越したばかりで、あれも買わないと、これも買わないとってさ、けっこう毎日、あれこれ買い足してたから。  紐。  紐って言われたら、普通は、引っ越しの荷物をくくる紐だと思うだろ? 荷解きしてたし。まさかさ。  ――いえ! 男性物のセクシーランジェリーを買おうかと!  鼻の穴を大きくして、筋肉隆々の男性が身にまとったきわどすぎる下着写真を、ずばばばーんと見せてくるなんて、思わないだろ? 「ふんふんふーん」  鼻歌歌ってまるでピクニックみたいに慶登が開いた扉。 「な、なぁ! 慶登」  そこには――。 「…………おや」 「……なっ」 「久しぶり」  そこには元彼がいた。  まぁ、祐介はここの下着好きだったしね。あの紐でしかない下着だってここのだしね。 「へぇ、慶登クンも学校の先生なんだ」 「はい!」 「小学校の先生がこんなとこでえっちな下着買うなんてぇ、悪いセンセー」 「えへへ、はい。悪い先生なんです」 「え? そうなの? 悪い先生なの?」 「はい」  いや、にこにこってするとさ、ほっぺたがまんまるでさ。普通、恋人の元彼とそんな仲良しにならないでしょ。フツーはさ。 「へぇ、どんなどんな?」 「えっとですね」 「慶登」  手を引っ張ると、「ほへ?」なんて返事をして、ふわりと俺の腕の中に収まった。 「慶登はこういうのしなくていいよ」 「え、でも」  人懐っこいのは充分承知してる。それにあの雪の日めちゃくちゃやられたから。 「いつものまんまで充分可愛いよ」 「!」  人懐っこい笑顔をふわふわに甘いピンクに色付かせてる。 「じゃ、じゃあ、あの! あれだけ買ってもいいですか? 靴下! さっきお店の入り口のところで激安だったんです! 五足で五百円!」  猫っ毛を元気にぴょんと跳ねさせて慶登はエロい下着が並ぶ中を駆けていく。そして戻ってきた両手には五足どころじゃない靴下が抱えられていた。 「へぇー……なんか、意外な相手だった」 「……うるさいな、いいだろ、別に」 「……まぁね、いいんじゃない? なんか」  祐介は涼しげな目元を細めて、ウハウハ顔でレジへと向かう慶登を眺めた。ぽろりと落っこちた靴下一足を拾うとして、またもう一つ靴下が腕の中から零れ落ちて、ドジッ子らしさ全開の慶登を。 「なんか、お似合いだし」 「……」 「お兄さんとしては遊び相手が一人減っちゃったから寂しいけど、でも、可愛い遊び相手が幸せになるのを見守るっていうのも悪くないかなぁって思ったりした」  なんだよ。可愛い遊び相手って。 「ビンタしたくせに……」 「そりゃ、あの日めちゃくちゃお泊りで夜通ししようと思ってたし。でも、すぐに別の遊び相手見つかったけどね」 「……」 「両想いって、楽しそうで、羨ましい」 「楽しいよ。たまに、忙しいけど」  嬉しくなったり、不安になったり色々するけど、でも――。 「幸せだし」 「あっそ! はぁ、羨ましいっ」  慶登といたら、そこがどこでも俺は笑っていられるんだろうって、確信してる。 「ねぇ、そんなに靴下買ってどうすんの?」 「だって、すぐに穴開いちゃいません?」  それは貴方が小学生に混ざってしょっちゅうドッヂボールしてるからでしょ。走り回ってんだから。 「それに、これからは二人分必要ですもん! 倍買わないと!」  いや、だって、それ倍だったらさ、二束でいいでしょ。五足ずつで、いいんじゃない? 「……まぁ、そうだね」  でも、いいや。昼休み毎にこの人とドッヂボールするのも悪くないかもしれない。 「クラス対抗ドッヂボールとかね」 「おおお! いいですね! そしたら、二組三組も巻き込んで」 「いいね」 「じゃあ、靴下もうちょっと買うべきだったのでは!」 「いや、それはいらないでしょ」  神妙な面持ちで何を言い出すのかと思った。だから、どんだけ靴下消耗激しいの? 大野先生はまだしも、仁科先生は女性だから、この靴下違うでしょ? 「あと、保さん」 「んー?」 「あの、いいんですか? 僕が、その、えっちな紐のパンツ履かなくて」  こそっと耳元で、何を言い出すのかと思った。 「いいよ。慶登はそのまんまで充分」 「! えへへ、ありがとうございます。でも、今日は僕、セクシーに誘惑できるように頑張ります」  靴下の心配をしてたかと思えば、ドッヂボールにワクワクして、今夜、この後のことに赤面したり。 「さぁ! そしたら、早く帰りましょう!」  意気揚々と手を繋いで帰る君の背中を愛しく思った。  ――両想いって、楽しそうで。  この人との両想いに浮かれた足取りは繁華街を行き交うどんな酔っ払いよりも軽やかで踊ってるようだった。
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