兄と旅行編 1 モザイクは全身に

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「うぅみぃはぁ、ひろいぃぃなぁ、大きいぃなぁぁ、ふふふふん、ふふふふんん、ふふふふふふ……」  最後、含み笑いみたいになってて……すごく恐ろしいんだけど。しかも、今さ、先生さ、包丁握ってるからね。見た目的にモザイクかけないといけない感じにホラーだからね。 「はぎゃ! あわ! お、おか、おかえりなさいっ」  その殺人鬼なのかもしれないと、いや、殺人鬼のわりにはホワホワでフワフワで、うふふふな小学校教諭の慶登が、いつの間にか帰って来た同僚に頬を甘いピンク色に染めた。 「ただいま」 「あの、ごめんなさいっ、お散歩お願いしてしまって」 「別にかまわないよ」  甘い甘いピンク色。 「ワオン!」 「あはは、スマイルもおかえりなさい。足は拭きましたか?」 「ワン!」 「おー、えらいえらい」  その甘いピンク色のほっぺたをペロリと舐められて、慶登がくすぐったそうに肩を竦めた。スマイルが右側の頬にただいまのキスをしたから、俺は左側の頬にキスを。 「……えへ、えへへへ」  さっきの殺人鬼風の笑みとは違う、柔らかいマシュマロみたいな蕩ける笑みを浮かべて、慶登が気恥ずかしそうの俯く。 「おかえりなさい。保さん」  一緒に暮らし始めてまだ三ヶ月とちょっと。大雪の日、白い雪山から掘り起こした初々しい恋は初めての夏を迎えようとしていた。 「海?」 「はい! 海、行きませんかっ!」  あぁ、それでさっきの含み笑いの「うふふふふ」なわけか。海の歌うたってたもんね。 「今日、あの、仕事の帰りにパンフレットもらってきたんですっ、じゃじゃーん!」  夕飯を食べ終わると同時、元気な「ごちそうさまでした」をいつもどおりに言って、いっそいで食器を片付けて、ちょこんと真向かいに座った慶登が、トランプみたいに旅行のパンフレットをテーブルに並べた。  で、このパンフレットをもらいたくて、仕事終わりに寄りたいところがあるって言ってたのか。なんか、こっそりスキップもしてから、どこに寄るんだろうとちょっとばかり気になってて。気にしながら散歩してたんだ。ほら、この人は喜怒哀楽がダダ漏れだからさ。 「あの! ごめんなさい! スマイルのお散歩、一緒にしたかったんですけど、あの、駅前のパンフレットもいただきたいなぁと思って。お散歩終わった後だと晩御飯の用意も一緒に二人でしたいし、晩御飯の用意終わったら、ご飯食べたいし……急いでパンフレットだけババーッと持って、ババーッと帰ってきたんですけど」  そのババーッとを一生懸命にやっているところが容易に想像できてしまった。真っ赤な顔して、眼鏡がちょっとズレちゃうくらいにあたふたしながら、手足バタバタさせながら、旅行のパンフレットを抱える姿とかさ。 「海、行きたいんです」 「海?」 「はい! あ、もちろん! スマイルのことがあるので、大野先生にもお伺いをして預かったもらったりとか、しないとなんですけど」 「ワオン!」  スマイル、と名前を呼ばれて反応しただけなのかもしれないけれど、まるで「いいぜ!」とでもいうように会話に混じってスマイルが元気に返事をした。そして、それにまた答えるように慶登が頭を撫でてやると、大きなふかふかの尻尾をブンブンと左右に振っている。  慶登がただのパンフレットなのに、まるで目の前に青い空でも広がっているかのように、眩しいと目を細めた。 「僕、あんまり行ったことなくて、その、裸、人に見られたくないから」 「……」 「海とかで遊ぶの楽しそうだなぁって憧れてたんです」  華奢な肩をきゅっと縮めた。 「陥没乳首だから」  本人はいたって真面目に悩んでたんだ。悩みすぎて、同僚の小学校教諭を脅しちゃうくらいに。  ただその小学校教諭がゲイで、この人が犯罪的に敏感で、凶悪なほどに可愛くて、いつしか恋になったけど。 「でも! 今年はもう恥ずかしくないんです!」  可愛いよね。鼻の穴大きくさせて元気に。 「え、それって……」 「だって、保さんは僕の乳首笑わないですもん!」 「……」 「陥没してたって、絆創膏貼ってたって、笑ったりしなかったですもん! だから、僕!」 「や、あのさ、笑わないけど、ラッシュガードは着てもらうからね?」 「えぇぇぇぇっ!」  何、そのガビン! って顔。  いやいやいやいや、ダメでしょ。陥没してようがしてまいが、あのピンクはダメでしょ。さっきの殺人鬼風含み笑い以上にモザイクかけたくなるからね。恋人としては。 「っていうか、どういうつもりでいたわけ?」 「どういうって! そんなの決ってるじゃないですか! あの普通の水着に、裸ん坊で、ゴーグルにシュノーケルで、あと、ぷかぷか浮いていたくなった時用に浮き輪です!」 「どこの現地のヤンチャ坊主だよ」 「えぇぇぇぇっ!」  いや、だから、何その、ガビン顔。 「ご馳走様でした。美味しかった。今日のチキンソテー」 「! ありがとうございます! じぃぃぃっくりトロトロ火で炒めてみました! そのほうが美味しいって家庭科の先生に伺ったのです!」  にっこり笑って、マシュマロほっぺたをピンクにさせて、俺が片付ける食器の手伝いをしてくれる。現地のヤンチャ坊主、今から素潜り対決します! みたいな格好で海水浴をしようとしてたド天然な恋人の頭に一つキスを落っことした。  照れ臭そうに笑って、嬉しそうに、指先だけで俺の服を引っ張るんだ。  可愛すぎてさ。本当に。 「なので、ゴーグルもシュノーケルもいいし、浮き輪はむしろしてて欲しいけど」  この人の発想がホント、ツボだ。今週末辺り、シュノーケルとか買いにデートに誘おう。きっと、おおはしゃぎするんだろう。 「ラッシュガードは必須ね」 「えー……」 「えーじゃ、ありません。ダメでしょ……このピンクはさ」 「ンっ」  食器を流しに置いて、とりあえずテーブルの前に並んだパンフレットを横目に、Tシャツ越しに不埒な指先で可愛い小粒を撫でてみせた。 「あっ……ン」  撫でて、捲り上げて、摘んでみせた。 「笑わないけどさ」 「あっ、ンっ」  ね? ダメだと思わない? 「ぁ……ン」 「良い子……もう出てきた」 「あ、あ、あ、あっ」  恥ずかしがり屋で、引っ込み思案で頑固なピンクは、最近、とても良い子ちゃんで、呼ぶとすぐに顔を出してくれるけどさ。 「これは、誰にも見せちゃダメだから」 「やぁっ……ン、保、さんっ」  慶登の乳首は可愛すぎるので、むしろ、人様には見せられないから。 「わかりましたか? 林原先生」 「ぁ、あっ……は、い」  慶登はぷっくりとして、ピンクを濃くした乳首に気持ち良さそうな声を零す。甘い甘い、とろりと蕩けた蜂蜜みたいな声で。 「保さ……ン」  恋人を虜にする白い指先で。 「もっと、触って、欲しい、です」  どこもかしこも触って欲しそうに全身を火照らせ誘惑してくれる。 「ン、あっン」  ご馳走みたいな唇を物欲しそうに薄く開いて名前を呼ぶこの人は、もうホント、全身すっぽりモザイクをかけたくなるくらいに、エロいから。 「ン……保、さん」  俺は、ある意味殺人鬼だなぁって思いながら、白い指先に撫でられるまま、そのピンクに齧り付いた。
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