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さらに数日後。
目の前には、転生してから見た事の無かった風景が広がっていた。
「うわぁー、海だー」
「そうね。随分歩いたね」
海なんて、いつぶりだろう?
僕は過去の記憶を呼び起こそうとしたが、昔すぎるせいなのか上手く思いだせなかったので、間近の問題について考え始めていく。
「……ねえお姉ちゃん。この海を渡ったら、もう捕まる事はないのかな?」
「分からないわ」
この世界は、一人の国王が支配している。
問題なのは、その王様の力がどこまで伸びているかだった。
仮に海を渡って別の大陸へ逃げられたとしても、そこが同じ王様の領地だったら意味が無い。
「でも、海を渡るしかないと思う」
確かにお姉ちゃんの言うとおりだ。
どうせこの大陸に居ても逃げ場なんてない。
「じゃあ、船を用意しないと……かな」
この世界がロールプレイングゲームによくあるような、中世風ファンタジーだったら。
空を飛ぶ乗り物は余程特別か、あるいは無いのだろう。
そうなれば、この大海原を渡る船が必要だけども……。
「お姉ちゃんの魔法で船出せる?」
「さっきから船出て!って思ってるけど、駄目みたい」
お姉ちゃんは流石だ。
僕が思ってくれている事を既にやっていてくれた。
でも、お姉ちゃんの魔法はそこまで都合がいいものではなかったようだ。
「あ、それなら、海を凍らせて歩いていくとか!」
魔法で火が出せるなら、氷や冷気も操れるかもしれない。
水を凍らせる事が出来るなら、海を凍らせて道を作る事もいけるはず!
「ほおほお、タロ君賢いね。早速やってみよう」
本当に思いつかなかったのか、それとも僕に気をつかって知らないふりをしたのか。
両手を胸の前に合わせながら頷き感心すると、その手を波打つ海面へかざした。
リリィお姉ちゃんの表情から、いつもの穏やかさが消えていく。
僕はそんな真剣なお姉ちゃんと海面を、交互に見続けた。
「はぁっ!」
お姉ちゃんは集中の後に一つ気合を入れると、あっという間に海面は凍っていき、水平線の彼方まで一直線に伸びている氷の橋が出来た。
「おお!! お姉ちゃんすげええ!!」
「ふふ、何とかなったね」
「よし、じゃあこれで……」
これで船を使わなくても海を渡ることが出来る。
僕は意気揚々としながら、氷の橋へ踏みこもうとした時だった。
「あっ……」
「えっ……」
お姉ちゃんが作った氷の橋は、少し強い波が来た途端、たちまち砕けてしまった……。
「凍らすのも……、駄目かな。役に立たなくてごめんね」
「ううん! そんなことないよ! 僕こそ何も出来なくてごめん……」
リリィお姉ちゃんは魔法が使えて僕を守ってくれている。
僕はただ守られているだけで、何もしていない。
本当に役立たずなのは僕のに、お姉ちゃんがそんな申し訳なさそうにしないで欲しいな。
それにしても、どうしよう?
船も無い、魔法でも無理……。
やっぱり僕達は、ここから逃げる事が出来ないのかな……。
「私ね、海へ来たのは初めてなんだ」
僕が困っている事を察したのか、お姉ちゃんは両手を後ろで組みながらふとそう告げた。
「そうなの?」
「うん。修道院があった場所も、私の故郷も、……私が連れて行かれた場所も内陸地方だったからね」
この時、海の方を見ながら話し終えたお姉ちゃんの表情は笑顔だったが、どこか寂しそうだった。
氷の魔法が失敗したからかな、それとも昔を思い出したからかな……。
うーん。あまりいい雰囲気じゃないかも、話題変えなきゃ……。
「潮風って、気持ちいいね」
お姉ちゃんはそう言うと、憂いを残した笑顔のまま、耳にかかった長い髪を細くて綺麗な指でかき分けた。
この時、銀髪が日の光に反射してきらきらと輝きながら、風に舞った。
お姉ちゃんにとって、ほんの些細な仕草なんだろう。
でもそれを見た僕は、リリィお姉ちゃんがとても魅力的に見えた。
「どうしたの? 顔赤いよ?」
「お、お姉ちゃん可愛いなって……」
「ふふ、ありがとうね。そう言ってくれるのタロ君だけだよ」
僕の素直な気持ちに、お姉ちゃんはいつもの優しい笑顔と言葉で返してくれた。
こんな素敵な人が間近にいる。
……いろいろあったけど、異世界転生して良かったかも。
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