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「それでさ、――の奴がさ――」 「何それ、まぢ――」  どこからか男と女の声が聞こえる。 「あいつ倒れちゃってさ――」 「ありえないよね、キャハハ」  耳障りで癪に障る……。  てかそもそも、カプセルの中には自分しか居ないはずだが?  何故他の人の声が聞こえてくる?  自殺者への嫌がらせ?  ペナルティ?  馬鹿らしい。  これから死ぬのにこんな下らん事をする意味がどこにある?  俺は目を閉じたまま、消えゆく意識に集中しようとした。  しかし、声のせいで完全に覚醒してしまった意思を再び闇へと沈めることは出来ず、またこの場所で話す人間が気になり目を開ける。  眼下に広がる景色は、今まで居た白い部屋に設置されていたカプセルの中でもなく、仰々しくも神々しい天国でもなく、おぞましい地獄でもない。 「ここは……?」  革張りの椅子、部屋いっぱいに広がっているカウンター、次の客を案内する電光掲示板。  そこは俺が死ぬ前の世界のどこにでもある、銀行そのものだった。  俺はそこの椅子の上で寝ていたようだ。  だが、どうして俺が銀行に居るんだ? 「最近ありえないもんな!」 「ホント、信じられない!」  声の正体はこの二人か。  着ている派手なスーツと、日焼けした肌、金色のネックレスと短髪は、いかにもチャラそうな男と、見た目こそ綺麗だが口調から察するに頭も股も緩い事が容易に想像つく女。  そいつらが、今まで寝ていた俺を無視して楽しそうに会話している。  俺は今までの事をもう一度振り返る。  確か安楽死制度を受けて、自ら命を絶った。  でもなんでかは知らないが、今は銀行の窓口においてある椅子の上に居て、ゲラゲラと下品に会話する男女を見ている。  なんなんだこれは、理解できん。 「あの……」  俺はこれがどういう状況なのかを把握するため、立ち上がって二人に近づき話しかけた。 「いやでもさー、あいつもあいつだからなー」 「そぉだねー」  だが、無視されてしまう。  何で俺が話しかけているのに無視できる?  ああそうか。  俺はもう死んでしまっていて、幽霊だからこの二人には見えないとかなのか。  じゃあ一見銀行に見えるこの場所は、やはり死後の世界か?  まさか、銀行だったとは……。  いやまてよ、考えるのはそこじゃない。  俺は周囲を見回した。  おかしい、俺とこのバカップルの三人しかこの場に居ない。  どういう事なんだ?  仮に死後の世界なら、他にも死んだ人が居てもいいはず。 「それじゃ、俺行くわ」 「はいはい、ぉ疲れマタネー」  ようやく頭の悪い会話が終わったのか、チャラ男は受付の女にそう告げて外へ通じる扉を開けて出て行った。  受付の女は、その男を笑顔で見送ると、机の上においてあった書類を整理し始めていく。 「あ、あの」  俺は再び声をかけた。 「…………」  受付の女は、まるで反応を返さない。  俺が知っている銀行員ならば、まずありえない態度だ。  やはり俺は幽霊だから見えていない? 「……あの、俺の事……、見えてますか?」  俺はそう受付の女に話しかけた。 「はぁ、だる……」  女は持っていたペンを雑に机へ叩きつけながら、そう言いつつ俺の方を向く。  なんなんだこいつは。  それが客に対する態度か?  むかつく……、後でネットに書き込んでやる。 「で、何?」 「あっ、ここは……?」 「ここは死んだ人間が、次の転生場所を決めるとこ」 「えっ」  俺は思考が一瞬停止した。  恐らくは貞操観念も衛生観念もない、脳みそ溶けきってゆるゆるになったクソビッチから、まさかそんなオカルトじみた発言を聞く事が出来るなんて想像していなかったからだ。  まあ、仮にこの女の与太話が本当であったとするならば、こいつは死者の魂を導く案内人か、あるいは今までの人生の清算をして審判にかける存在か。 「じゃあ、あなたは……」  俺は自身の予想を確かめるべく、女に質問をしたが……。
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