第44話 夜明け

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第44話 夜明け

 恵比寿(えびす)駅に戻る頃には、街は目覚めたばかりの太陽に照らされ、だいぶ明るくなっていた。  シロに支えられつつ駅前まで戻った深雪は、視線を走らせてバンを探す。車内に残したままの少女たちが気になっていたのだ。  ところがバンは見つかったものの、少々意外なものが先回りしていた。《立ち入り禁止》の文字が印刷された黄色のテープと、赤色灯を瞬かせた何台ものパトカーが見える。  バンの周囲は黄色いテープでぐるりと囲まれ、その向こうでは何事かと群がる野次馬の姿まである。大勢の警察官たちがせわしなく動き回り、野次馬に睨みをきかせていた。 「あれは……」  まさか警察がいるとは思っていなかった深雪は戸惑いながら足を止める。その隣でシロも小首を傾げた 「りゅーせい達、お仕事終わったのかな?」  深雪とシロがマリアに指示されたのは、バンに捕らわれた少女たちの安全確保と、迎えが来るまでの付き添いだったが、坂本の襲撃によって途中で邪魔されてしまったのだ。  坂本を退けた今、再び任務に戻ろうと思ったのだが、バンの周囲にいる警察官は数も多く、ぴんと張りつめた物々しい空気を帯びている。どう考えても、ゴーストである深雪たちが近づいていい雰囲気ではない。  どうしたものかと途方(とほう)に暮れる深雪だが、ふと背後に人の気配がして振り向くと、見慣れた黒衣の神父と、チャイナ服をまとった少年の姿があった。 「シロ! 深雪!」 「あ、オルと神狼だ!」  どこか安堵した表情のオリヴィエに、いつもの仏頂面の神狼。シロはそんな二人に嬉しそうに片手を振る。  オリヴィエは深雪とシロの無事な姿を目にすると、柔らかい微笑を浮かべた。 「良かった……マリアから連絡を受けて探していたのですよ。怪我はありませんか?」 「シロはだいじょーぶだよ! でもユキは……ちょっと疲れてるみたい」 「何かあったのですか?」  すぐさま心配そうな顔に戻るオリヴィエに、深雪は苦笑を返した。 「たいしたことないよ。だいぶ楽になってきたし」  そう言ったそばから大きくふらついてしまい、シロとオリヴィエが慌てて深雪に手を貸してくれた。その後ろで神狼はじっとりと半眼でつぶやいた。 「ヘタレ、人騒がせ。役立たず。死ネ」 「悪かったな、役立たずで……っていうか全部聞こえてるぞ!」  深雪も半眼になり悪態を返すと、神狼は憎たらしい表情で、そっぽを向いてしまった。本当にかわいくない奴、と深雪は内心であきれる。いつぞや食べた神狼のアルバイト先の中華料理店の餃子は、文句なく美味かったのだが。  すると今度は腕の端末から軽快なメロディーが流れ、ウサギのマスコットが飛び出してきた。 「はいはーい、喧嘩(けんか)しないの子どもたち。っていうか、ごめんねー、深雪っち。こっちもいろいろ手がふさがっちゃっててさ~」 「いや……それはいいけど」 「でも無事で良かった。奈落の奴は助けは必要ない――なんて格好つけちゃってさ。ホント薄情(はくじょう)なんだから」 (それって絶対、『自分で何とかしろ』ってことだよな)  深雪が窮地(きゅうち)に陥ったからといって、すぐさま駆けつけたりしないのは、いかにも奈落らしい。自分の身くらい自分で守れと、隻眼(せきがん)(すが)める姿が目に浮かぶようだった。 (まあ、結局は何とかなったけど)  坂本を殺さず人間に戻したといったら、奈落はどんな顔をするだろうか。甘いと鼻で笑うだろうか。それとも中途半端(ちゅうとはんぱ)なことはするなと激怒するだろうか。  ただ、すっかり燃えつきたかのような坂本の姿を見るに、しばらく立ち直ることはないだろう。完璧ではないにしろ、敵の脅威を退けることはできたのだ。だからきっと、出会い(がしら)に拳でぶん殴られたりはしないはずだ。 「そういえば……」  バンはどうしたらいいのかと、深雪が口を開きかけた時だった。恵比寿駅の地下に通じる階段から、複数の人影が地上に出てくるのが見えた。  そちらへ目を向けると、複数の警察官が一人の男を挟んでパトカーへと連行している。全体的にずんぐりとした男で、がっちりした体にくらべて目がやけに小さい。なんとなくモグラを連想(れんそう)させる男だった。  (犯人グループの中にひとり人間が混じってるって言ってたな。あいつがそうか……)  ジャックによると、人間の仲間はキングという暗号名(コードネーム)で呼ばれていたという。あの男が、おそらくキングなのだろう。  キングはだいぶ派手にやり込められたらしく、顔も体もあざだらけで、死んだ魚のようにやつれている。左腕は骨折しているのかブランと垂れ下がり、手首にはがっちりと手錠が嵌めてあった。  やがて警察官たちはパトカーの後部座席にキングを押し込めると、赤色灯を回転させながら走り去っていった。 「あいつ……どれくらいの罪になるのかな?」  深雪がつぶやくと、マリアは回転しながらのんびりした口調で答える。 「さあ? ゴーストがからむと犯罪の立証って極端(きょくたん)に難しくなるのよね~。そもそもゴーストは存在そのものが認められてないし、アニムスとか司法機関じゃガン無視だしね。有罪になったとしても案外(あんがい)、半年くらいで釈放(しゃくほう)されちゃったりして」 「……」  深雪は無言でそれを聞いていた。キングがどういう刑に処されるのかは分からないが、ジョーカーやジャック、クイーンにくらべると、かなりの厚遇(こうぐう)と言わざるを得ない。  ほかの三名はゴーストというだけで、ロクに弁明(べんめい)の場も与えられず殺されたのに、キングだけが人間だからという理由で生かされている。もしキングに下された刑が軽かったら、まさに逃げ得ではないか。  ゴーストというだけで殺されるのも変だが、人間だからといって刑が軽くなるのもおかしい。何故、そんな極端(きょくたん)なことになってしまうのか。  ただ、深雪は自分の考えを口には出さなかった。オリヴィエや神狼の前で口にするのは、あまりにもおこがましい気がしたからだ。そんな事になってしまったのは、彼らのせいではない。安全なところから文句だけわめき散らすような、差し出がましいことはしたくない。  それでも深雪は《監獄都市》の抱える(いびつ)さを、改めて感じずにはいられないのだった。  キングが連行されてから間もなく、駅前の張りつめた空気も(ゆる)んだようで、野次馬(やじうま)は散りぢりになり、先ほどまで飛び交っていた怒号(どごう)も落ち着いた話し声へと変化している。 「……ああ、もうこんな時間ですか」  やがてオリヴィエが、ふと思い出したように腕の端末に視線を落として言った。 「すみません、私は孤児院に戻らなければならないので」 「お疲れ」  これから孤児院の子どもたちを起こし、朝ご飯を食べさせたり、洗濯したりするのだろう。神父と《死刑執行人(リーパー)》との兼業(けんぎょう)も大変そうだな、などと深雪が思っていると、今度は神狼も小さく欠伸(あくび)をしながら切り出す。 「俺モ店の仕込み、あル」 「神狼もお疲れー!」 「ん」  シロの言葉に神狼は小さく(うなづ)く。深雪に対するふてぶてしい態度との違いに思わず唇を(とが)らせるが、文句(もんく)を言うのはやめておいた。  深雪が何か言えば、必ず暗器(あんき)が飛んでくるだろう。今の深雪の体力では絶対に避けられない。流血沙汰(りゅうけつざた)必至(ひっし)だ。 「そうそう、バンは警察に任せとけばいいから。それじゃ、あたしもお先~!」  そう言ってマリアはくるくる回転すると、ムギュっと間の抜けた効果音とともに、はじけて姿を消した。あとにはピンク色の煙幕と紙吹雪がひらひらと舞うだけだ。
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