Novelist

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 私はテラスでじっと本を読んでいた。最近流行っていたあのエンターテイメント小説だった。流麗な文章と緻密な構成、深い知識に基づいた会話など、近年稀に見るセンスが光った作品だ。  実はこの作品、私の友人が書いたものなのである。  彼の人柄を言い表すと、「軽薄」という言葉に尽きた。もう三十路は越しているはずなのに、金髪は伸ばし放題で、耳には穴が四つ程開けられ、そうして歩くとアクセサリーが音を立てて、サイボーグみたいな音が響き渡った。そして、その口上も軽薄そのものだ。 「おいしんべえ、飲みに行こうぜ。お前の職場のOLで、乳でかい奴いねえ?」  馴れ馴れしく手を回してきてそんなことを言ってくるものだから、私はその腕を捻り上げて「無礼者!」と叫ぶしかない。  そんな彼がベストセラー作家なのだ。この事実は絶対におかしいと思う。何か裏があるのではないか、と勘繰ってしまうのだ。  私がいかめしい顔をしてページを捲っていると、ウェイトレスが近づいてきて「お代わりいかがでしょうか」と言った。私は「お願いします」とカップを差し出した。  すると、「また読書ですか?」と彼女は私の本を見遣って言った。 「例の小説だよ」  表紙を見せると、彼女は「ああ」とうなずいた。そして、どこか言い淀むような様子を見せてから、つぶやく。 「実はその著者、私の知り合いなんですよ」  私は「は?」と思わず身を乗り出してしまう。 「軽薄という言葉がしっくりくるような、どうしようもなくだらしない男なんです、これが」  ウェイトレスはそう言っておかしそうに笑った。 「なんかシルバーアクセサリージャラジャラ付けてて、サイボーグみたいなんですよ」  そうそう、サイボーグなんだよな、と私は内心うなずいた。  彼との出会いの顛末を聞くと、ある日彼女はとあるバーで飲んでおり、いきなり肩を叩かれたそうだ。蜥蜴を髣髴とさせるようなひょろい男が立っており、「俺と結婚しない?」といきなり口説いてきたらしい。  ひどい悪臭を漂わせていたから、彼女は「そんなことどの口で言うの」と顔をしかめて言ったそうだ。  すると彼は「俺は本気だ」と言ってきて、その切実そうな瞳に、とりあえず話だけは聞いてみることにしたらしい。  そうしてファミレスで話してみると、なかなか知的な話が多く、彼女はほんの少し(「一ミクロン程度だけど」と彼女は言った)惹かれて、その後も会うことを約束したと言う。  けれど、それから何ヶ月も連絡が来なかった。痺れを切らした彼女は電話をかけてみたが、 「ああ……結婚? あれはただの冗談だ」  その答えを聞いて、彼女はそれ以降一切連絡を取ることをやめた。しかし半年が経って、あるベストセラー小説が彼女の目に入り、その著者近影を見た瞬間、愕然とした。軽薄タラシ男が、にんまりと笑って映っている……。  そうしてその小説のあるワンシーンを読んで、息を呑んだ。  そこに綴られたある女性のエピソードに既視感を覚えたのだ。  「パブにいる女性」「一目惚れ」「片思い」――そんなワードが次々と出てきた。  自分のことを言っているのではないだろうか……そんなことをふと思ったそうだ。  それがどうしても彼女の頭から離れず、彼女は再びマンションを訪れて、そのことを聞いてみたらしい。すると、 『よく気付いてくれたな。あれが、俺の本当の気持ちなんだよ。ただの言葉じゃなくて、俺の魂の分身である小説で伝えたかったんだ』  ――彼女はその思い出を話し終えたところで、トレイをぎゅっと胸に抱えて言った。 「だから、彼は一見軽薄そうに見えて、大切な人に対して深い愛情を持っているんですよ」  そうして頬を朱に染めながら、彼女は歩き去っていった。  私は唖然として、本をテーブルに置いてしまった。読む気が一瞬で失せてしまったのだ。  あいつ、意外とモテるんだな、と妬ましいような見直したような、何とも複雑な気持ちになってしまった。
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