彼と私

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 次の日。  話すこともなく、行く気など微塵もなかったにも関わらず、また保健室に居た。怪我でもなく何でもなく、ただ先生が気になったから。 「神谷先生、居ますか」 「お前か」 「そうですよ。来いって言われたから、ちゃんと来ました」  そんなこと言ったか?  真剣に首を傾げる彼に、私は酷いですねと返す。 「行けたら行くって言っていたけど、本当は行く気なかっただろ」 「あれ、バレてました?」  あははと笑い、昨日と同じ椅子に腰かける。  彼は意外にも、私が死にたいと言ったことについて何も聴かなかった。私もそのことについて、先生に話さなかった。  それどころか、彼は私の話に曖昧に頷くだけで自分のことは何一つ話してはくれなかった。 「先生って自分のこと何も話してくれませんよね」 「余計なこと言う暇があったら帰れ」 「良いじゃん、減る訳でもないし」 「お前らの話の種になるような話はせん」  彼は秘密主義なのか本当に興味がないのかは分からないけど、ただ毎日くだらない話をして家に帰る。  それだけのことなのに、無愛想な先生の居る保健室は心の拠り所になっていた。  事件が起きた、あの日までは。 「先生、来たよ」 「またお前か」 「お前じゃなくて紗智だって。いい加減名前で呼んでよ、神谷センセ」  はいはいと適当にあしらう彼をよそ目に、私はフカフカのソファに腰掛ける。体が重力に従ってソファに沈む。 「ねえ、先生」 「何だ」 「友達が死ぬって経験したことある?」  それまで適当に相槌をうっていた彼は、私の問いに顔を上げる。 「何があったのか」  あの日と同じように、先生は問うた。何があったのかと。  私は言うか言うまいか迷っていた。言ったら現状は解決するだろう。でも、私が大切にしてきたものを全部失ってしまうかもしれない。  失うリスクを負ってまで、彼に話すことなのだろうか。 「迷っているなら話せ」 「……部活で、少し問題があって」 「何部だ?」 「女子排球部」  難しそうな顔をしていた先生が、一瞬目を見開いた。  彼が女子排球部で何が起きているかなんて知るはずもないし、今まで女子排球部が取り上げて問題になることもなかった。彼の驚く理由が分からない。  彼は椅子に腰掛け、真剣な表情で私を見る。 「排球部で何があった」 「いじめだよ。高校のころから一緒にバレーしていた子が、同期たちからずっと嫌がらせを受けていたみたいで。それにこの前気付いて、いじめを止めるように言ったんだけど……」  彼女たちの逆鱗に触れちゃったみたい。  そう言って肩を落とす。  私は悪いことなんてしていない。悪いのは全部あいつらだ。 「倫理的には正しいよ、お前は。でも社会的には五十点。大学なら赤点だな」
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