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先生はすっと立ち上がり、後方にある白い戸棚からコップを二つ取り出す。そしてポットに水を入れ、電源を入れた。
「コーヒーで良いか」
「私、コーヒー飲めません」
「ガキだな」
「もう二十歳だけど」
そう言って頬を膨らませると、彼はクツクツと笑い目を逸らす。
「そう言うところがガキなんだよ」
「私がガキなら、先生も半人前の大人だね」
「それは否定出来ないな」
予想外の返答に返す言葉が見つからない。
そんな私に気付いたのか、先生はちゃんとした大人になれよと頭を撫でた。
「コーヒー以外なら、ココアしかないけど良いか」
彼の問いに頷く。私が肯定したことを確認すると、カップにココアの素を入れた。
「ねぇ先生」
「ん?」
「夢ってそんなに大事なの?」
そう尋ねた私を、彼は面倒くさそうな表情で見た。ポットから湯が沸いた音がして、彼は二つのマグカップに熱湯を注ぐ。
「……お前くらいの歳なら、持っていた方が良いんじゃないか?」
「ありきたりな答えだね」
「そんなこと言うのはお前くらいだよ」
はぁと溜息をついた彼は、私にマグカップを差し出す。有難くそれを受け取り、ふーと湯気を吹いた。
「ところで、女子排球部のいじめは常習的なものだったのか」
「そうみたい。いじめられていた子からしか話は聴けなかったけど、私が居ないところで毎日悪口言われて暴力を振るわれていたって」
常習性有り、物理的、精神的に攻撃。
彼は私が話したことを簡潔にノートに記していく。
「お前もそんなことされているのか」
「どうだろ。私の場合は、専ら無視なんだけどね」
「無視か。一番タチ悪いな。それで? 元々いじめられていた子は」
「死にました」
そう、彼女は自殺してしまったのだ。体育館で。
最初に見つけた私は、首を吊る彼女の姿を見てただ呆然と立っていることしか出来なかった。
「先生も知っているでしょ。体育館で自殺した彼女のこと」
「……ああ。あの子は、いじめられていたんだな」
「相棒だったのに、私はあの子が何されているのかも知らなかった。毎日会ってたんだから、気付いてあげることだって出来たはずなのに」
あの時流すことのなかった涙が、止めどなく溢れてくる。先生は何も言わず、ただ私の背中に手を置いてさすってくれた。
「取り乱してすみません」
今日はもう帰るね。
そう言うと、私は保健室を出た。彼と距離が出来てしまうとも知らずに。
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