2人が本棚に入れています
本棚に追加
恋煩い
翌日。
いつものように保健室に行くと、そこには先生ではなく別の産業医が居た。
「こんにちは」
「……こんにちは。神谷先生は居ますか」
私の言葉に産業医は驚いたような顔をして、こちらを見る。しかし、すぐにニコリと笑みを浮かべ首を横に振った。
「神谷は休みだよ。彼に用事があるなら伝えておこうか?」
「いえ、良いです。また明日来ます」
それだけを告げると、私は保健室をあとにした。
それから一週間、毎日保健室に行ったが先生に会うことはなかった。
「嫌われちゃったのかな」
何か悪いことしてしまったのかな。自覚ないけど、自覚ないのが一番たち悪いって言うし。先生も私の話ばかりで、つまらなかったのかもしれない。
「――神谷先生、会いたいよ」
幸か不幸か。彼に会えないことが気がかりだった私は、注意不足で怪我をしてしまった。いや、あれは嫌がらせがエスカレートしたことによる事故だったのかもしれない。
激痛が走る足を引き摺り保健室に行くと、先生が何事もなかったかのように保健室にいた。一週間ぶりの彼を見て、私は思わず涙目になる。
「神谷先生がいる」
「何言っているんだ。たった一週間、顔を合わせなかっただけだろ? 大げさな」
「大げさなんかじゃないよ! 急に先生が居なくなるから不安で仕方なかったんだから」
「あー、はいはい」
相変わらず適当に話を流す先生。私は彼の顔を覗き込みガン見した。
「何だ」
「怪我したの」
「そこ座れ」
言われた通り大人しく椅子に腰掛ける。彼は、机に広げていた書類を放置したまま私の足を見て目を細めた。
「お前、それどうしたんだ」
「紗智だよ、先生。排球していたら、うっかり怪我しちゃって」
「見せろ」
赤黒く腫れた私の足に彼が触れる。優しく扱っているのは間違いないだろうが、あまりの激痛に顔を顰めた。
「痛い」
「だろうな。骨が折れている」
「チームに戻れるかな」
それはお前次第だ。
先生は机の引き出しから鍵を取り出し、ポケットに突っ込む。
私はと言うと、悲惨な未来図を思い浮かべ心が折れそうになっていた。
「逆境の中で頑張るお前は、誰がどう見ても尊敬に値する。ただ、これ以上お前が無理する姿を見るのは耐えられない」
「先生は医者だもんね」
「医者だからじゃない。人生の先輩として、お前の心配をしている」
つかつかと私の元に戻ってきた彼は、真顔で姫抱きした。流れるような一連の動作に、思わず可愛くない声を出してしまう。
「神谷先生、何してんの」
「足が折れているんだ。すぐに病院に連れていく必要があるだろ。排球どころか、下手すれば歩くことすら出来なくなるぞ」
「でも今日は先生しか居ないし」
「構うな。お前を病院に連れていくのも、俺の仕事だ。――黙って抱かれてろ」
最初のコメントを投稿しよう!