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「おい、ネズミ。」
体育の授業が始まる直前、ミツオがネズミを呼んだ。
体操服相手にもがいていたネズミが、慌ててこっちに走ってきた――ミツオはいつも体育の授業をサボるから、体操服に着替えない。
「お前、次の体育サボれよ。仕事があるんだよ。」
ミツオがそういうと、ネズミは不安の表情を浮かべる。
ネズミは殴っても泣かないし、パシリに使っても文句は言わない、いつも無表情なヤツで、ミツオはそれが気に入らないようだった。
けれど、ネズミが表情を変えるイジメがあった――窃盗――ミツオが「仕事」と呼ぶそれ。
オレも、中学まではミツオに「仕事」をやらされていた。一回、万引きがバレてオヤジにぶん殴られたけど、ミツオにやらされたことは言ってない。チクったら、ミツオに仕返しされると思うと、怖くて出来なかった。
「でも、次の体育は休めません。」
「腹が痛くて、授業中はずっとウンコしてたとでも言えよ。」
ミツオは、ネズミの言葉をせせら笑いながら言った。
体育教師の武田は生活指導担当で、教師の中では出欠に厳しい。他の授業中なら、おとなしいネズミがいないことに気づかれなくても、武田の授業では必ずバレる。
その上、武田は運動が出来るヤツは贔屓するけれど、ネズミのような運動オンチにはやたらと厳しい。
だから、ミツオの言ったようなバレバレの嘘も、運動が出来るヤツなら大目に見てもらえても、ネズミは許してもらえないだろう。
真っ直ぐ立ったまま、ネズミは上靴のつま先をじっと見つめる。
「根津」という、サインペンで書かれた黒い文字に、何か魔法をかけているようにも、途方にくれているようにも見えた。
「お前さ。ハゲ田に“ネズミはペストにかかってウンコが止まらないそうです”って言ってこい。女子にも聞えるように、デカイ声で言うんだぞ。」
ミツオに言われたオレは、怒りと恥ずかしさで耳が真っ赤になりそうだった。そんなこと言ったら武田にぶん殴られるかもしれない。しかも、女子に聞えるように言うなんて……。
けれど、オレはミツオが怖かった。ミツオの兄貴は族に入っていたし、ミツオもそいつらと付き合いがあるみたいだった。逆らうとどんな目に合うか分からない。
「わかりました。」
「絶対言えよ、オレは一階のトイレにいるからな。オレにも聞えるように言うんだぞ、わかったな?」
“はい”というオレの呻きは、チャイムの音にかき消された――キリリと胃が痛む。
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