Kiss. 9

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 走って、好きな女の父親に想いをぶちまけて、やけに頭がすっきりとした。おとは相手に振り回されないようにどっしり構えるなんて俺には不可能に近い。彼女の親と同じ気持ちを抱く域には中々、達せない。  彼女の一挙一動に喜ばされ、地に落とされる。  トボトボと家路に着く。  彼女は俺の思い当たる場所にはいなかった。きっと陽一郎が言うようにパスポートまでないのなら日本にいない可能性が高い。  おとはが俺に伝えようとしていた話が気になる。  大事な話。  ひょっとしたらコケ野郎の話か?  それとも別れたかった?  正解がわからない。  おとは相手に考えても、きっと俺はゴールにはたどり着けない。めんどくさい女だ。  けど、嫌いになれない自分の気持ちも相当めんどくさい。  空を見上げると冬の日差しが暖かく、風は吹いているが強くはなかった。雲はまばら。 『拓未……、あのね、大事な話があるの……』  彼女の声を思い出して、少し泣きそうになった。  抑揚のある穏やかで、優しい女性らしい声。  ふわふわの栗色の髪。  大きな瞳。  少し分厚い下唇、右目の下のホクロも。  おとはは俺を拓未と呼んだ。  呼びたいと言った。  あの時、拒否すれば良かった。  俺はその呼び方を許した。  俺を産んだ女は俺を拓未と呼んで、違う男を選んで家を出て行った。小さな棘のような些細なトラウマに思えるかもしれないが、俺にとっては深く刺さって抜けない棘だった。  おとはを好きになった事は後悔していない。  それに、好きという感情はコントロールできるものでもないのはもう体験済み。  彼女に対しての後悔は1つだけ。  拓未、呼び許した事。  俺を捨てる女はみんな、拓未、と呼ぶ。
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