kiss. 6

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 相変わらず寝られない。  寝られないけど、そればっかり考えてたら、余計寝られない。負のループ。前はそんなことも客観視できなかった。俺おかしいんじゃねぇのって思いもしてなかった。どうせ、また寝られない、って寝る前から諦めてた。でも、今は割とどうでもいい。どうでもいいって言ったら語弊があるけど、それどころじゃないっていうのが本音。  おとはの髪型どうしよう。  寝ても覚めても、こればっかり考えてる。  あんまり寝てないけどな。また3時間ぐらい。  で、慣れない事にギリギリじゃなくて、30分前に店に出勤したら、橘に驚かれた。橘のその反応を見て、俺自分が意外と人を驚かせたり、笑っている姿を見るのが嫌いじゃないって思った。自分の行動を少し変えるだけで、周りが反応するのが楽しい。これにもっと早く目覚めてたら、お笑い芸人とかなれたんじゃないだろうか、と思う。いや、そんな事言い出したら、気が狂ったとか思われるか。ただでさえ、笑うだけでも、驚かれるのに、まさか笑わしたいだなんて言いだしたら、目ん玉落とされるかもしれない。それはホラーだな。 「律さん、それレディースの雑誌ですよ」  俺が手に取ったヘアカタログを橘が目ざとくキャッチした。 「そうだな」  気の無い返事をして、ページを捲る。  やっぱりあのふわふわを生かした髪型にしたい。本人は扱いやすくしたいみたいだけれど、おとはの性格と一緒なあの扱いにくい髪をまとめるにはブローとトリートメントという手順が必須だ。 「今から来るのは、同業の美容師、しかも男の人ですけど、その雑誌でカウンセリングするんですか?」 「そうだな」  返事をした後に、橘の顔を見ると眉を寄せて怪訝そうに俺を見ていた。 「……いや、話題作り?」  橘の話を聞いていなかったわけではないが、それどころじゃなかった。 「え、女の子お悩み別カット方法決定版、って話題になりますか?局所的すぎません?」  俺が持っている雑誌のタイトルを読み上げた。 「話題は幅が広い方が楽しいだろ」  もっともらしい事を言ってみるが、橘は疑いの目を緩めなかった。こいつ本当に俺のことよく見てる。なんだか、それを逆手に取ってからかってやりたくなってくるぐらいだ。 「橘、お前、俺の事、好きだな」 「……そうっすね、かなり」  その返事で橘が俺より何枚も上手で間違えた問いかけだった事に気づく。 「律、楽しそうだね」  高野さんが音もなく現れて、声にビクつく。その妖しい色気がある声を出して、俺に視線を向けないでほしい。口には出さないけど。 「男同士でイチャイチャしてないで。はい、仕事!準備して!この前の動画見て、トレンドカットしてもらいましょうって、駅裏のKandyの店長がカットの予約なんて、宣戦布告だから。自分のところでカットしたらいいのに、わざわざ、律を指名して。こっちは予約で一杯って断ったのに、怖気づいたんですか、ってカチンと来るわ」  三井さんが少し息巻いて、手を叩いて、解散と合図した。俺は雑誌を本棚に戻した。名札を鏡で確認して、髪を軽くセットする。 「律、嫌味な事言われるかもしれないけど、いつもどおりでいいから」 三井さんはそう言って、俺を見た。 「いつもどおり……」  高野さんがその言葉で笑う。 「「……そっすか」」  先読みされた言葉が俺の口と高野さんの口から出てきた。
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