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◇
西に居座る引力が太陽を呼び寄せ、代わりに夜が来た。時計の時刻は午後8時03分。店から出て、篠原の表札が掲げられたマンションに向かう。家路に急ぐ人々を見て、去り行く年を思う。もう12月の下旬。
気付けば、明日はクリスマス。俺にはあんまり関係ないから、気にも止めなかったけれど、店内の飾りは赤と緑に溢れていて、小さなサンタクロースやトナカイの置物があった。
はやる気持ちを抑えながら、マンションに向かう。大理石調の床、磨かれて指紋の跡もわからない自動ドアを抜けて、エントランスに入り503号の部屋番号を押す。陽一郎が出て、エレベーターホールへの扉を開けてくれた。
503号のインターフォンを押す。
ピンポーンと音がなって、少しの静寂。
「はい」
おとはの声。
「律、……拓未」
「はーい」
すぐに扉が開き、昼ぶりの顔が扉から顔を出した。
自分で切ったのに、髪型を凝視する。
そして、服は買った服を着ていた。
ベージュのニットに白の膝丈のスカート。黒いタイツを履いている事が少し残念だった。素足を見たかった、なんてちょっと期待しすぎたか。
でも可愛い。とんでもなく可愛い。
短い栗色の髪は大きな瞳と少し厚い下唇を強調して色っぽく見える。
「なに?」
「いや、我ながらいい仕事したなと思って」
おとはは右手で自分の頭を触って、ふふん、と得意げに笑った。
「元がいいからね」
その言葉に笑ってしまう。
「確かにな、おとはは可愛い」
俺が肯定して、口を耳に寄せると赤くなった。
自分が言い出したはずなのに、俺が乗っかると照れるなんて反則だな。左手を彼女のふわっとした髪の毛に伸ばして指先で遊ぶ。
「お前、本当に可愛いな。反則。もう今すぐ一緒に寝たい」
「……拓未、それ遊び慣れてるって感じがして、ヤダ」
「え、」
おとはの言葉に左指先は静止した。
一瞬で全身に緊張が走る。
「ちょっと、待て」
俺、簡単にこんな事しない。
「俺、自分で言うのもアレだけど、女の人にこんな事言った事ない。思ったこともあんまり……ない」
女が寄ってきてたから自分で寄って行ったことなんてない、は言わなくていい事か。
おとはの耳はピンクになっていた。
ヤダって言いながら、嫌ではないのか。
おとはの場合ひねくれてるから正解が分からない。
でも、嫌な思いはさせたくない。
「おとはだけが特別。言い方が軽かったならごめん。でも、おとはだけを可愛いと思ってるし、一緒にいたいと思ってる……この言い方も慣れてそう?俺……」
おとはは大きな瞳で俺を見上げている。
「おとはの事が好きで、好きでたまらなくて、どうしたらいいか分かんないぐらい。で、まだ伝え足りないぐらい。だから、今日も一緒に寝てって言った」
彼女は真っ赤になって、目を逸らした。おとはの頬に右手を伸ばす。
「目、逸らすな。今、目の前にいるのは、俺だから。ちゃんと見て」
「……見てるよ」
少しむくれたように言う彼女に今度はこっちが目を逸らしたくなる。
ヤバい、可愛い、キスしたいと思って、右頬に触れた手を顎に移動する。
小さな顎を支えて、引き寄せられるように自分の唇を重ねた。
柔らかくて、彼女と初めてキスをしたわけじゃないのに、心臓の音が鼓膜の横で忙しく騒いでいた。
顔見て早々抑えられなかった。
手が早いって思われただろうか。
それともそんな事、今更か。
大事にしたいんだけど、手を緩めることなく伝えたい。
矛盾してる心など無視して、体と本能は正直だ。
しっとりとした柔らかい唇から離れるのが名残惜しい。
一瞬だけ唇を離して、もう一度軽くキスをして、彼女を抱きしめた。
「おとは、好きだよ。遊びじゃない、遊びだったら、とっくにヤってる。でも、そうじゃない。こんな気持ちになったのはおとはが初めて。それを伝えるための夜だから」
だから、今は俺を見て。
伝えることを許して。
受け取って貰えなくてもいいから。
「拓未、分かったから。あの、離して」
おとはは俺の胸を両手で押した。パッと抱きしめた腕をはなす。
「……ごめん。ちょっと、調子乗ったな」
俺の言葉に、おとはは僅かに微笑んだ。
「本当に猫みたい。嬉しいの?」
「おとはの顔見てるだけで、嬉しい」
こんな俺にした責任をとってほしいぐらいだ、と油断したら口から出そうになる。隙あらば次々と出てきそうなおとはへの気持ちを言葉にしてしまいそうになる自分をなんとか押しとどめる。
「……拓未、本当に素直」
リビングに向かうおとはの耳がピンクに染まっており、耳が見えるようにカットしてよかったと益々思った。
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